舞踏会

 あちこちでアルコールの匂いや葉巻の匂いが漂っている。
 夢見る少女がこの世界を見たら幻滅モノだろう。これは、いわゆる舞踏会だ。しかし
いるのはだいたいが初老の男性と、すっかりイブニングドレスを着こなす時期を過ぎて
しまった、やけにフレグランスの香りがキツイ婦人ばかりだ。

 ぱらりぱらりと見える若い女性達は、いかにも箱入り、といった感じの少女や、吐き
気がするほど濃いアイシャドウやチークを塗り、あからさまに自分好みの男性はいない
かと探す女性の二つに分かれている。
 前者は思い描いていた舞踏会とのイメージの違いに唖然としたのか、幻滅半分、とい
った表情でキョロキョロと不安そうに見ている。逆に後者は甘い色のカクテルを口に運
びながら、嫌気がさすほど辺りを見渡している。

 女性よりは数が多い若い男性は、隙がないほど窮屈そうなスーツを、ばっちりと身に
纏っている。
 あそこまできっちりしていると逆に近寄りがたくてならない。そう思いつつ彼女は甘
いジュースを口に運び、グラス越しに見える男性をピン、と指ではじく動作をした。
 
「しいなちゃん♪なーにやってんの??」
 キャアキャア、と後ろで騒ぎ立てる声なんてどうでもいいように、彼女に話しかける
彼を彼女はうんざりした表情で見つめた。
「うるさいねえ…。アンタとこういう場所でいると、ロクなことにならないからあっち
にいっておくれよ」

 そう言って彼女は小さく溜息をつき、それごとのみ干すかのように残っているジュー
スを透明にした。入っていたさくらんぼが小さく転ぶ。
 グラスの向こうに見える彼は小さく歪んでいる。へらへらとした笑顔がもっとへらへ
らして見えるのは気のせいだろうか。
「俺様の所為じゃないもーん。ハニーたちが勝手についてくるんだもーん」
 つーん、と唇をとがらしてみる彼を、明らかに「コイツ馬鹿だ」という表情でしいな
は見た。
「んじゃあ、その顔ハニーたちが見れないくらいにしてあげるから貸しなよ。一発で楽
にしてあげるよ」
「…エンリョシマス」
「じゃあ、とっととあっちに行っとくれ。視線が痛くて溜まらないんだよ」
 明らかにとげとげしい態度で見られている。
 全く納得いかない。自分は好きでコイツと一緒にいるわけではないのに。何で自分が
恨まれなきゃいけないのだろう。
 小さく悪態を付き、一行に離れる様子のない彼から離れ、逃げるように開け放たれた
バルコニーへと向かった。

 
 頭に手を当てる。頭が重い。
 もしかしたらアレは酒だったのだろうか。全くあのウェイターめ。そう思い吐き捨て
るように溜息をついた。酒は強い方じゃないが、ミズホの地酒の方が断然強くて、これ
くらいのアルコ−ルじゃ酔わない。もしかしたら酒ではなく人に酔ったかもしれない。

「ほい」
 ひんやり。冷たい風と、冷たい…。

「ゼロス…」
「タオル。顔色悪いぞ。使え」
「ああ、ありがと…」
 冷たくて気持ちいい。正直にそう思い、もっと欲しくてゼロスの手ごとギュウと頬に
押しつける。
「しいな酔ったの?」
 首を横に振る。
「何だろうねえ…。人に酔う、っていうか…。葉巻の匂いも気持ち悪いし…」
 べえ、と舌を出す彼女に彼は笑う。

「じゃあ、こうしててやるからもう少しゆっくりしとけ」

「ありがとう」


 こんなちっぽけな五文字を素直に言えるようになった自分に乾杯したい。

「お礼はダンスでいいからな。ワルツ一曲分」

「三拍子の途中で、足を思いっきりヒールで踏んであげるよ」 

 遠くに聞こえるオーケストラの音を聞きながら。
 自分達はもう少ししたらアレに合わせて踊っているだろうか?

 女の子が呆れるようでも、絵に描いたような素敵な王子様はいなくても、それでもここは舞踏会。