「俺は何処に行くんだろう」
 ぽつり、ルークが形のいい唇から零した。言葉はそのままルークの足下へと落ちる。ベッドに座り、ゆらゆらと揺らす足が言葉の落ちた辺りをかき回した。

「…どうしたんですか、急に」
 同じベッドに座っていたジェイド(実際はこれはジェイドのベッドで、そこにルークが座っているのだ)は、本を読む手はそのままに問うた。眼鏡の奥の紅玉は、本に連なる文 字を追う。小難しい言葉の羅列は、ジェイドの中で咀嚼された。
「いや、たださ」
 言って、ルークは背中をジェイドに預けた。ジェイドの背中がルークの重みで傾く。圧迫されるような感覚に、少しだけジェイドは顔を顰めた。

「…人は死んだらどこに行くんだろうな」
「…本当に、どうしたんですか」
 ジェイドに重みを与えるルークは、翡翠を天井に向けたまま喋る。ジェイドに向かっているはずなのにどこか空っぽな言葉は、ジェイドの心臓に静かに刺さった。むなしい痛みだ。
「だってさ、天国も地獄も、あるかどうか分からないだろう?」
「信じてるんですか」
 やけに間延びした口調で話すルークに、淡々とした口調でジェイドは返す。無骨な指が、また一枚ページをめくった。さっきまでとやっていることは何一つ変わらないのに、今度の羅列を、ジェイドはうまく咀嚼できなかった。喉仏の辺りでつかえる。魚の小骨が刺さったような感覚がある。

「信じてる、わけじゃねえよ。だってさ、それが知られるのは死んでからだろ? シニンニクチナシ、って言うくらいだから、確かじゃねえし。だから、信じてるわけじゃない」
 背中の向こうのルークは、少し体を丸めた。ジェイドには見えないけれど、拗ねた幼子みたいに膝を抱えた。
「私も、信じているわけじゃありませんから、何とも言えません」
「だよな、やっぱりジェイドはそうだと思う。自分で見たものしか、信用しないタイプだろ?」
 小さく声を上げて、ルークは笑った。抱えた膝が、居心地悪そうに動く。男二人の体重を受け止めて、ベッドのスプリングが小さく軋む。ジェイドの指は、ページをめくらなかった。
「分かっているじゃないですか」
「まあなー…。でも、たださ、ジェイド」


「レプリカは、俺は、何処に行けるんだろう」
 ジェイドの手は、本を閉じた。

「俺さ、自分が行くなら地獄なんだろうな、って思ってた。でもさ…天国にしろ地獄にしろ、そこって、人間が行く場所だろ? …第七音素だけの俺らは、多分、あったとしても行けない」
 グローブをはめたルークの手は、体の細さに見合わない余ったズボンを握りしめた。天井を見ていた翡翠は、言葉が終わりに近づくほどに下降し、今ではルークのつま先を見つめている。形の良い親指の爪が、僅かに明度の低い灯りできらきら光った。

「俺は、何処に行けるのかな、ジェイド」
 今一度、ルークがジェイドに背中を預けた。さっきよりもずっと思いそれに、ジェイドはどうすることも出来ない。ジェイドは薄い唇を噛んだ。咽につかえたものは、今やジェイドの口を満たした。むなしい痛みは、明らかな痛みになった。

「何処になら、行けるかな」
 分かっていた。
 己のやっていることが、正しくなんかないことくらい。けれど、理解は出来なかった。どうしようも出来ない、ジェイドの衝動だった。正しくなくても止められなかった。特に、あの日のことは特に。

 そしてそれが今、時を経てルークを生み出した。
 生きていて良かったと笑うルークを生み出した。
 どうして生まれてきたのかと泣くルークを生み出した。
 どこになら行けるのかと迷うルークを生み出した。




「…どこかへ、行きたいのですか」
 今日、ルークも自分も聞いてばかりだな、とぼんやりジェイドは思った。脳が痛い。心臓が痛い。何処にあるのかなんて分からない、自分にあるのか分からない、心が痛い。

「…どうだろうな」
 情けなく、ルークは微笑んだ。スプリングがまた、小さく悲鳴を上げた。



「そのうち分かるから、大丈夫」




 柄にもなく、泣きそうになった。






   何か最近、無意識にジェイドをいじめているえすっこルクたんがたまりません(こう書くととても頭が悪い感じがしますね!)
 あくまで意識していないんです。その方がジェイドにとって辛いから。子供の純粋さは大人の心には厳しいんです。