あたりは静寂のみがあり、唯一響き渡るのは鋏の音のみだ。 切ってあげよっかと言うと、赤屍は「じゃあ、お願いします」とどこからか鋏を取り 出した。…彼の体内で作り出されたものなのだろうか。 まあ、気にしても仕方ないと、彼女は少し大きめのタオルを彼の首に巻き、先刻切り 始めた。 「お上手ですね、卑弥呼さん。美容師を志したことでも?」 「そんなんじゃないわよ。…只」 「只…何ですか?」 「昔、よく兄貴のを切ってたから」 彼女の兄は、彼女やそのころ暮らしていた少年については大変面倒見が良かったが、 自分に関してはとことん無頓着なように思われた。 放っておけば健康に悪そうなものばかり食べていそうだったし、煙草だって動きが鈍 くなるんでしょと言っても止める気配はなかった。雨が降ってびしょ濡れになっても自 分からは拭かないで放置しているような人だったし、怪我だってそうだ。 よっぽど非道くない場合は応急処置のさらに三分の一くらいしかやらないからいつも 彼女がやっていた。 特に大変だったのは髪の毛だ。 どうも、美容院や床屋というものが苦手らしく、(彼女もあまり好まないし、案外自 分には無頓着だ。この辺は血筋としか言いようがない)のびても自分からは行こうとし ない。 仕方なしに、卑弥呼が切るという習慣が生まれてしまった。 最初は非道いものだった。少しだけ切るつもりはばっさりと切ってしまい、目も当て られなかった。 けれど邪馬人は嬉しそうに「俺の妹ってやっぱ天才だな〜v」などと抜かしていた。 それがいたたまれないというか、悔しくて上手になろうと、美容室前に捨ててあった マネキンを彼女の兄に気付かれないようこっそりもらって、やはりこっそり練習したこ ともある。 そして、プロまでとはいかないが、ずいぶん上手にきれるようになったのだ。 髪を切るたび、嬉しそうに笑う兄の表情が、彼女は好きだった。 いつしか、「卑弥呼が切るなら俺も卑弥呼の髪の毛を切る!」などといって、そう言 う類の本を買ってきて、壊れ物を扱うかのごとく大事に切られた。 「そんなに丁寧にやらなくてもいい」と言っても、「可愛い妹をさらにとびきり可愛 くするのが俺の仕事だ!!」とずいぶん張り切っていた。 言うだけあって、初めてなのに邪馬人の腕前はかなりのもので、それこそプロ並みで 卑弥呼はすっかり雑誌に載っている小学生モデルのように仕上がっていた。 それがまた悔しくて悔しくて、三日くらい口をきかなかった気がする。 今現在彼女の手の中にある赤屍の髪は、艶やかで、少々髪質の悪いというか、あきら からに男のものと感じ取れる兄の髪の毛とは全く違う。 それを切るたび、何かが変わっていくようで切なかった。 「うまいもんだのう。おんし、鍛えればその道でもやっていけるぞ」 うまいもんだと話す人の声に、彼女は僅かに笑う。 彼女の中の、きらきらした透明すぎる記憶は、幻か現実かも分からない彼女の涙で滲 んでいった。