殺すなら三秒以内にさあ殺せ


 穏やかな陽気が降り注ぐ。そんな陽気とは対照的に、彼の心内は灰色以外何ものでも
なかった。
 黒く黒く渦巻くのは、ごちゃ混ぜになって汚れてしまった感情や、綺麗なままな気持
ちまで様々で。それが全部あわさったものだから、彼の心の中では整理なんで出来そう
にはない。とは言っても彼からしたら、整理なんてするつもりはない。

 この気持ちごと、刃を握り、殺せば良いんだ。

 わけの分からない憤りも、あのこどもを哀れむ憐憫の思いも、守ってやらなければと
思う庇護欲もすべて。
 あの真っ白なこどもそのものと同じくらいに白い白い肌に、剣を突き立ててをしまえ
ばいい。
 そうすればあの髪よりも赤い赤い血が噴き出し、屈辱を味あわせることが出来る。
 嗚呼、でもあんな鬼みたいなヤツの息子だ。
 血は赤くないかも知れない。けれどそれでもいいだろう。あの人間の皮を被った生き
物の、屈辱や怒り、絶望に染まった表情さえ見れれば。

 首を差しだそう内臓は見れないくらいにしてやる一回殺したぐらいじゃ足りない。何
度も何度も何度も。差し出した首にさらに剣を突き刺し、もう一度血が噴き出すところ
を見せてショック死させてやろうか。
 楽に死ぬなんて許さない。爪の皮を剥いでいってそのあと指を切り落としてやる。
 一本一本順々に。片目をつぶして耳の鼓膜を切り裂こうか。いいやそんなんじゃまだ
足りない。
 何度も何度も殺すんだ。許しを請う声を、命乞いする声を無視して。
 真っ赤かも分からない血を浴びて俺は言うんだきっと。

「ざまあみろ」と。

 でも、どうして。
 
 目の前の子供はこんなまっさらで、一点の汚れもないのだろうか。
 綺麗すぎて、目眩がする。そしてそれを、何故か。
 愛おしく思うんだ。何故かなんて知りたくもないけど。

 前まではあんなに嫌いだったのに。
 教養もあって賢くて気持ち悪いほど完璧で。

 嗚呼そんなあいつが嫌いだったよ。
 きっと将来彼もまた国のためと人を殺すのだろう。

 幼なじみと誓った約束すら綺麗すぎて立派すぎて吐き気がした。
 君の思いは何処までもまっすぐなんだろうね少なくとも俺には歪んだようにしか見え
ないけれど。

 なのになのにそれなのに。

 この戻ってきたこどもはまっさらだ。

 何も知らない。人におびえ震え泣く術すらも知らなかった。
 歪んだ環境の中で縛り付けられて世界を知らず只おびえている。

 そして極めつけは復讐に自分のすべてを捧げる教育係。しかも狙われているのは何も
しらない自分。

 綺麗すぎる綺麗すぎる。何も知らないこのこどもは綺麗すぎる。
 無垢故の綺麗さか無知故の綺麗さか。それはすべて俺がおいてきたもの。本当の自分
の名と共に捨てておいてきたもの。もう取り返せないもの。
 どうしようもなく愛おしくてどうしようもなく憎いもの。

 こどもは一度だけ笑った。よくよく晴れた雲一つ無い空を見上げて笑った。
 その笑顔が綺麗すぎた。決して前のこどもなら見せるはずがなかった表情。
 
 綺麗すぎて綺麗すぎて。
 嗚呼気持ち悪い吐き気がする。


「ルークさま」 
 こどもはこちらを見ない。只焦点の合わない瞳で俺ではない何かを見つめている。
 嗚呼吐き気がする。

 気付けば普段こどもの護身用などといって身につけている剣に手を伸ばしている。
 剣の柄を握っている。朱の髪と白い首筋の鮮やかなコントラストに目眩がした。
 銀色に輝る刃をこどもののど元に近づける。こどもは何の反応も示さない。

 愛しさなんて幻覚だ。庇護欲なんて幻だ。一瞬の気の迷いだ。こどもが与えられたお
もちゃに一時執着するにすぎないこと。只の気まぐれだ。少しものを教えたぐらいであ
の憎しみが消えるはずない消えてたまるか。

 銀色の刃が喉元に近づいていく嗚呼あと三pほどか。その銀色に白い肌と朱の髪が反
射する。
 あと三秒以内に殺さないと、気がおかしくなりそうだ。

 殺すなら、三秒以内に。
 頭の中でその考えばかりが駆け回る。此処で殺して何になる? なんて冷静な考えを
吹き飛ばすように。ぐるぐるとまわる黒い感情が占めていく。

 さあ、殺せと。

 そのときだった。こどもは手を伸ばした。
 そして、刃を。
 嗚呼なんてことだろうかこともあろうか。

 その銀色の刃を、ぎゅっと握った。

 意識が一瞬止まった。呼吸すらしていなかったかもしれない。

 こどもはさらにぎゅっと刀身を握った。白い手から、真っ赤な真っ赤な血が、滴り落
ちた。赤い物体はどんどんこどもの手を滑る。どんどん絨毯にシミを作ろうとする。
 
 そしてやっと、現実が見えた。

「ルーク!!」
 慌ててルークの白い手を刀身からはずす。傷は思ったよりも浅かったが皮膚は破け肉
が見えてそこから血が滲んでは溢れ滲んでは溢れを繰り返す。
 なんで馬鹿なことを、そう言いかけ、その言葉は喉の奥で詰まった。
 馬鹿なのはどっちだ馬鹿なのは俺だ。
 殺すつもりでこどもの心配をしているのか。とんだお笑い種だ。けれどこどもの傷を
見るたび心臓が早くなっていく。
 そうしたのは誰だそうさせたのは誰だ切り裂くことを望んだのは自分だろう?

 狂っているのか自分は。
 あの笑顔が、もう一度見てみたいなんて。

 嗚呼、痛かったろうに痛かったろうにこのこどもは悲鳴一つあげない。いやあげかた
を知らないからか。
 気付けば頬に何かが伝っている。生ぬるい。これは、血か?
 こどもは俺の手から逃げるように手を離した。

 そして、血だらけの手で、頬や、目尻に触れた。   

「ルー…ク、…さま…」
 嗚呼泣いていたのか俺は。血の匂いがする。こどもは顔をしかめる。いくら、いつも
俺がやるように拭いてもおかしくなっていくからだろうか。
 俺の顔半分は恐らく血まみれだろう。それだって望んでいたはずなのに心苦しい。

 俺のことなんて良いんだよ君のことを殺そうとした最低なヤツなんだから。
 ここまで綺麗すぎる君を殺そうとしたヤツのことなんか。

「…が…い…?」
「…ルーク!!」

 ごめんなさいごめんなさい。
 綺麗すぎる君を殺そうとした。そんな奴の名前なんて呼ばなくて良いのに。
 どうして最初に言った言葉が俺なんかの名前なんだ。

 枯れる寸前の花を愛でるような、野良の小動物を見るような気持ちだと思っていた。
中途半端な憐憫と命が短いことに対しての傲慢な罪悪感。
 それだけだと思っていたのに。

「ごめんな…!! ごめんな…!!」

 あの笑顔が、どうしても。



 焼き付いて離れないんだ。


 殺すなら、三秒以内に。

 けれど、もう、すぎてしまったからこの子供を殺せない。
   





 子ガイルクでした。ずっと書きたかった話なのでお姉さんは満足です。
 最初の方グロテスクですかグロテスクですね。
 でもお姉さんは後悔なんかしません満足です。
 何か色々とスイマセン…。