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意地悪な手紙 彼女はひどく、むしろ最上級に機嫌が悪かった。 普段なら、自分がくれば満面の笑顔で嬉しそうに出迎えてくれるのに。今の彼女は彼の部屋の小さめの ソファで、只ぎゅうとクッションを抱きしめ、唇をとがらせている。 何というか、見えないオーラというか殺気というかが滲み出ていて、あまりの声のかけづらさに思わず 彼はその場から気配を消して、リビングへ逃げ出した。 というか、あまりの怖さに今出て行ったら自分は絞め殺されるんじゃないかとか、そんなことや、もは や思い出というか、完璧すぎる彼のトラウマが頭の中を元気に駆けずり回り、よけいに彼の逃げ出そうと する思いをかき立てた。 そうアレは何時だったろう。 リビングの大きい―ゆうに四人は座れるであろう―ソファで、彼は安座をし、その膝を両腕で抱えてい た。 ああ、確か一ヶ月ほど前だった。 急に仕事で、連絡が取れずに一日家を空けたことがあった。その日は一緒に海に行こうと前から約束し ていたが、ちょうど雨だったのでいいか、とそのままにしておいた。 疲れ切った体を引きずり帰ってくると、 「…シン…」 少々不機嫌そうだが、ほっとした声で彼女が出迎えてくれた。 そのときは徹夜で疲れ切っていたため、「ただいま」とだけ言うと、いつもならステラにちゃんと声を かけるのに、彼女に一度も目も合わせずに、のろのろと自室のベッドへと倒れ込んだ。 ちゃんと気付けば良かったのだ。 あのときに。 そうすればトラウマなんて生まれなかったし、三途の川及び花畑の向こうで手を振る父さん母さんマユ たちを見ることはなかった。 瞼がどんどんどんどん重くなり、ベッドに疲労がたっぷりしみこんでいくのと、心地よいまどろみにす べて任せ、完璧に瞳を閉じ、小さく寝息を立て始めたその瞬間。 ガッ。 …見事な関節技が、シンの首に決まる。 首をギリギリ絞められ、呼吸が出来なくなっていく。目の端に涙が溜まり、苦しく苦しくなっていった。 久しぶりに本気で生命の危機を感じた。 ヤバイ…。 端に僅かに見えたステラは、殺気だっていて、大変恐ろしかった。 ギリギリギリ。 ヤバイ…。本当にヤバイ。 本日二度目となるその台詞を続けて言う。 ああ…。父さん、母さん…。マユも…、久しぶり。俺、いっぱい話したいことがあったんだよ…。久しぶ りだな。家族で団らんなんて…。 俺、久しぶりに母さんの手料理食べた…。 …って、本気でまて俺ぇぇぇぇ!!いくら何でもそれはヤバイだろ!!俺!! 「スッ…テッ…ラ…お、れ…死」 「シンのばか…」 ギリギリギリギリ。 さらに力が込められる。 さらにーーーーーっ!? ヤバイ、いや、冗談じゃなくヤバイ。もしかしたら俺このまま死んじゃうのかな…。 そう思った瞬間。 パッ。 へ? 「ゲホゴホッ、ゲホ…!!」 やっと呼吸ができる。そう思ったのもつかの間。、次々と涙と吐き気、その上痛みが襲い、そのまま洗面 所に直行。 気持ち悪かったけど、出すものを出したら吐き気も収まり、楽になってきた。 「ふう…。わ!? ス、ステラ、いたの?」 怖い怖い怖い。いつもなら優しくていいこなのに。今だけは彼女が怖くて怖くて仕方なかった。視線が怖 い。 ぎゅううっ。 「シン…」 ステラの細い腕が伸びて、また絞められる!?と思った瞬間、腕はふわりと彼の首ではなく背中へ回った。 「ステ、ラ…」 「心配したのに、シン、冷たい…」 「あ…。ごめん…、その」 「シン、ステラと暮らすから、頑張ってね、働いてるけど、シンいないと、さみしい」 ぎゅううう。 力一杯こめて抱きしめるステラの頭を、ゆっくり撫でる。 「ステラ、ごめんね。俺…疲れてて。話いっぱいしよっか」 「ううん。シン、眠そう。明日、お出かけ行ったら、ステラ、嬉しい」 「うん」 そのいかにもステラ、な返答に苦笑しながらその件は幕を閉じた。 過去の思い出とはいいがたいトラウマ(主に前半部)を思い出しながら彼は考えた。 何でだろう。今日は遅れるどころかいつもより早く帰ってきたし、前々から約束していた、街の美味しいケ ーキやさんのケーキをお土産に買ってきた。 それなのに、すごく機嫌が悪い。 「シン」 「え、あ、う。そのあ、ステ、」 「来て」 「あ、そうだ!!俺ステラにケーキ…」 「来て」 ずるずるずる。 引きずられながら精一杯考える。 何かあったっけ…? ちょこんと、ステラはベッドの上に座ったまま動かない。妙な緊張感が漂う。非道く居心地が悪かった。 「…浮気者」 は? ちょっと、ステラ。 今なんて言いました?? 浮気者?そんな台詞この年だと昼ドラぐらいでしか聞きませんって。 まさかステラ、ワイドショーとか、いまやってるどろどろの三角関係が見物の昼ドラ(ルナマリアが言ってた。 かなりすごいらしい。包丁が飛び交うとか言ってた)なんて見たんじゃ…。ワイドショーとか昼ドラは、悪影響 だから見ないように、って言っていたのに。 でも俺、浮気なんてした覚えないし、する理由も…。 「これ、何」 「へ?」 古い古い、手紙。欠けたハートのシール。 ステラはそのシールを剥がすと、少し黄ばんだ便箋を取り、読み上げた。 「シンさんへ、わたしはシンさんのことが…」 「だあーーー!!ステラ、ストップストップ!!!」 ただいま体感温度120度軽く突破。 脳味噌沸いて爆発寸前。 なんていうのんきなコピー文がシンの頭をマッハでよぎる。 けれどそれよりも早くステラから封筒及び便箋を取り返し。 「これは、昔、前話した妹のマユ、覚えている?そのマユから、罰ゲームでもらったんだよ」 「誰かにラヴレターをかけ、っていうことらしくて、書きやすいから、ってことで俺に書いたらしいんだけど」 精一杯呼吸しながら話す。これだけで疲労困憊。 「俺、そのこと知らなくて舞い上がっちゃって。恥ずかしかったけど捨てれなくてさ」 「わかった!?」 むしろこっちの方がトラウマだった。 ああ、マユめ。何でよりによって俺に書いたんだ。 お前の書いた手紙はいま時を越えて、俺を危険にさらしているよ…。 「…ホント?」 この状態で嘘と言ったら自分はどうなるだろうか。想像できるがしたくもない。 「本当!!」 「ちゃんと言わなかった俺が悪かったから!!」 「うん…」 「かわりに、俺の分のケーキ、あげるから。いこう」 「うん!!」 とりあえず、安心。 意地悪な手紙は、時を越えて彼を二度苦しめさせるハメに。 今後彼がそういう類のモノをまっさきに隠したのは別の話。 本人ギャグのつもりはないけど、どんどん変な方向へ向かっていくのは私の気のせいでしょうか。 気のせいですよねきっと。 うん気のせいだ。そういう方向で。 もう少しマトモな話だったのになあ。 きっとギャグとかじゃない。