とばされた怒号も、今彼の耳には入らなかった。 一度脳に入った情報は、全て溶けて消えていく。蒸発する瞬間みたいに。それすらも 人ごとで何も分からなかった。 見える視界だって、聞こえる叫びだって、今の彼には関係ない。只、内をじわりじわ りと溶かしていく感覚のみが全てだった。感覚だけは何処までも透き通っているのに心 がそれに追いつかない。 「…もう、生きていけないんだ」 零れた言葉はどこまでも陳腐でくだらない。笑い飛ばす人の方が多いだろう。 でも、そうだとしてもそれは紛れもない真実で、事実だった。 世界を照らすランプが消えた 抑えつけられたアッシュも、少したった後は何もしなかった。山ほどの複製品の中央 ですっくとして立っているそれを、じっと見据えていた。ジェイドもガイもティアもア ニスもナタリアも、みんな。 全員の目が、只一人を見据えている。(二人なのだろうか、それはみんなにはわから ない) 中央に立った人は、自身の被験者から奪った剣を握りなおした。その指先が僅かに震 えているのは、気のせいなんかじゃない。今ルークがどんな気持ちでいるかなんて、誰 にも分からなかったけれど、その光景を見て、少しだけみんなの心は締めつけられた。 怖いに、決まっている。どれだけ怖いかなんて知れないけれど。 指先の震えが止まった。そのまま勢いで彼は俯いていた顔を上げ、一万人もの彼と同 じ存在を見渡す。脳味噌に刻みつけるように。 幼子から年寄りまで様々なそれらの瞳は何処か虚ろで、存在がいびつだと言うことを 今一度ルークに伝えた。今までうすうす気付いていたことを、改めて。 もう一度俯いて、唇をかみしめた。そこから真っ赤な血液が流れて、白い肌をゆっく り滑る。そのゆったりとした動きとは別に、腕と剣は素早く振り下ろされた。 空間は、非道く緊張していて、残酷だった。 自ら命を絶つものを、誰も咎めない空間。それがどんなに残酷なのかは、複製品達だ けが気付いている。 「…みんな、俺に命を下さい…! 俺も、俺も一緒に消え」 「させない」 悲痛な叫びが言い終わると思った瞬間、長い髪が一瞬にして消え、見覚えのある髪型 へと変化する。振り下ろさせる腕はぴたりと止まった。 「させない、何があっても、あいつだけは消させない。そして俺は、お前らを」 見据えるのは、複製品ではなく。 「許さな」 「駄目だ!!」 言いかけたと思えば、またあの長い髪が現れた。非道くおびえている表情の持ち主と いっしょに。その瞳は只、恐怖に震えていた。 その表情のまま、再び剣を振りかざそうとするが、もう一度止まる。 「こいつだけは殺させない。何があっても、俺が守るから」 「…いやだっ!! やめろっ!! やめてくれ!!」 長い髪が、消えては現れ、現れては消えを繰り返す。時折確認できる、長い髪の持ち 主であろう人の顔は、ぐしゃぐしゃに歪んでいた。ぐにゃりと「ルーク」が歪む度、対 照的に、安らかな顔が見られた。 ノイズが「ルーク」を覆い、存在が小刻みに揺れる。砂嵐に包まれたように。 「…わりいけど、無理だ」 みんなには訳が分からなかった。二人のルークが、頻繁に現れては消えを繰り返して いるのだから。死を目前にして、気が狂ったのかともとれる状況だ。 一人は泣き叫び、一人は穏やかな笑みをたたえつつ、こちらを想いのみで睨みつけて くる。 「…いやだ…!! いやだいやだいやだ!! やめてくれ、ルーク!!!」 叫びと言うより、咆哮に近いそれはどこまでもまっすぐで動物的だった。誰も、こん な叫びを見たことがない。 「待ってるから、さ。会いにきてくれよ。…絶対待ってるからな。指切りはできないけ れど、約束」 一旦、彼の体のままで安定する。僅かに残ったノイズはまだ彼の体を取り巻いたまま 燻っていた。 「…やめろっ!!」 聞こえた叫びは、閃光に包まれる。非道くまぶしいそれは、みんなの瞼と脳に焼き付 いた。 閃光は消えた。 空は何時ぶりか、透き通った青だった。 真ん中で倒れている人。 その姿は、糸が切れたマリオネットに、いっそ残酷なほど似ていた。 また短くて半端なところですいません。 じわじわと進んでいきます。