捕まってしまった。
 思い、ルークはきゅっと唇を噛んだ。たくましい腕に抱きしめられた背中を丸める。そのまま貝のように押し黙った。せめてもの抵抗だ。
「ルーク」
 低い声。明るいその声色が呼ぶ自分の名が、たまらなくルークには恐ろしかった。その後に続く言葉が分かっているから、恐ろしかった。
「愛してる」
 言い、彼はルークの首元に顔を埋めた。襟足が乱れる感触にルークの肩が跳ねる。けれどそれも誤魔化すかのように、ルークはいよいよ身まで貝のように固くする。

 今現在、ルークに愛を囁く低音の持ち主はピオニーだ。色黒の肌に、それとは対照的な金糸を持つ、マルクトの主。ルークは、彼が苦手だ。
「愛してるぞ」
「……」
 ルークは何も言わない。ただ彼に出来ることは、身を固くし、何も答えないことだ。

 彼が、こうやってルークに愛を囁くようになったのは最近のことだった。最初は冗談めかして、その後は抱きしめて、三度目には頬に口付け囁いた。その後はもう数え切れないほどだ。様々な表現方法で、会うたびにピオニーはルークに愛を囁く。元々、ピオニーに不透明な苦手意識を持っていたルークだったが、愛を囁かれるたび不透明は無視できないほど透明で明確になり、ピオニーに会うことを本気で嫌がるようになった。どうしても行かなければ行けないとき、決まってルークは挨拶だけして逃げるのだが、捕まってしまう。本気で広い場内を逃げ回っても、さも簡単に捕まってしまう。

 そんな中でルークは、捕まっても何も反応しないことを覚えた。(失礼だとは思ったけれど、どうしようもない)

 それでもピオニーは、ルークを抱きしめ、幸せそうに愛を囁く。今日もそうだ。


「ルークの髪も、瞳も、肌も、手も足も考えてることも、まとめてみんな好きだ」
 後ろでルークを抱きしめたまま言う台詞は、歯の浮くような台詞だ。ピオニーのように容姿が整い、地位も名誉も余るほどあるような人物に言われれば、きっとどんな女性であろうと頬を染め喜ぶであろう。けれどルークは女性でもない。甘ったるいピオニーの台詞も聞き飽きている。
「…へいか、」
 ルークが、静かに言葉を紡いだ。唇から漏れた言葉は確かにピオニーへのもので、久しぶりに聞くそれに、ピオニーは明るく笑った。
「ん? なんだ、俺の可愛いルーク」
「…陛下はそう仰りますけど、俺の髪も瞳も肌も手も足も俺のものじゃありません。アッシュ…ルーク・フォン・ファブレのものです」
 淡々という。言葉たちはか細く震えていた。生まれたての様だと、ピオニーはぼんやり思う。思った後、ピオニーはルークの、ズボンを握る手をそっと握りしめた。革のグローブが冷たい。ルークの体温を覆っている。
「いいや、それはお前のものだ。お前の思いがあってそれに従う体なら、それは全てお前のものだ。あいつのものじゃない、ここにいるルークのものだ」
「…アッシュが回線を繋げば、俺の体はアッシュの思うまま動きます。ならばこれは、俺のものではないでしょう」
 グローブから出た指先が、ふるふると小刻みに震えていた。それを掌で感じるピオニーは、やれやれと言いたそうな表情をする。そしてふいに、ルークの襟足と服の合間から覗く項に口づけた。

「もしそうだとしても、俺が好きなのは、愛してるのはお前だよ、ルーク。あいつじゃない、今俺が抱きしめている可愛いルークだ」

「誰かが俺を、愛するわけがない」
 ピオニーが言ってしばらく後、ついにルークは泣きだした。丸めた背中が、肩舞えていた体が、指先と同じリズムで震える。それを感じとったピオニーは、体格差を用いてルークの体を自分に向き合わせた。
「…見る、なっ!」
 ルークの瞳と頬が赤く染まり、その上を透明な雫が滑る。自由になった掌で、ごしごし顔をこする。
「ほら、こするな。可愛い顔が台無しになるぞ?」
 苦笑してピオニーはルークの手を握る。涙で濡れた指先までも、赤く染まっていた。 「お前は、俺のしたこと、知らないっから…!!」
 今のルークは錯乱しているらしい。敬語も何もかも忘れ、じたばたと動き回るだけだ。嗚咽の合間に、「あいしてるなんてうそだ」と攻める口調で繰り返す。

「知らなくたって、言えることは沢山あるだろ?」
「それでも、うそだっ!」
「…お前が何人殺したとしても、これから先何人殺したとしても、俺はお前を愛するよ」

「…うそつき、うそつき」




 捕まってしまった。

(愛されていい訳がない、愛していいはずがない)

(嬉しいなんて、思っていい訳がない)


 捕まってしまった。

「愛してる、ルーク」



 いちばんほしいことばをくれるなんてひきょうだ。






 あきらかにカプっぽいピオルクはこれが初めてです。なんだこればかっぷる?
 本当はルークがどうして陛下が苦手なんだとかいろいろぐるぐるする話だったはずなのになあ。