何時だって最初に頭に浮かんでくるのは。



                 おやすみ



 夜、寝る前に必ず浮かんでくる言葉があった。それは非道く優しく、もったいないくらい甘くて。


「おやすみなさい、セネル」


 今はいない、人の声。けれどそれにはいつも続きがあった。それだけが、今も寝る前に必ず頭に響いてく
る。いや、体や心全体に直接響いてくると言う方が正しかった。




 セネルは寝ることが好きだった。夜だけでなく、樹によって柔らかくされた光の中でゆっくりまどろみこ
とや、家の中で雨の音を聞きながら寝るのも好きだった。寝ることによって、自分が世界にどんどん溶けこ
んでいって、そのままそれと混ざり合う気がしたから。そんなセネルを見ると、ステラは笑った。

「貴方は本当に寝るのが好きね」
と。ああ、とだけ欠伸をしたまま返すとまた笑い、眠そうなセネルの髪と頭を、ゆっくりと撫で、額や頬を
撫でた。

 セネルはそれが好きだった。ステラの少しひんやりとした手のひらに、自身の体温が吸収され、なめらか
な肌がどんどん眠りへと誘っていく。ずっとこのまま、と思うのに体はどんどん眠る状態へ入っていく。セ
ネルが寝るのが好きだったのは、ステラのおかげもあるかもしれない。

 ちょうどセネルの頭が前にカックンと大きく揺れ出す頃、ステラは撫でていた手を止め、決まってセネル
にこういった。
「おやすみなさい、セネル」
「ああ…おやす…み…ステ…ラ…」

 セネルがまどろみの虜になった頃、その後、唇が顔に触れるか触れないかくらいの位置で言う。

「大好きよ、セネル」
「…俺も…ステラが好き…だ…」
 遠のく意識の中で彼が優しく笑って小さく、でも確かに言ったあと、セネルがステラを自身の腕の中にそ
っと引き寄せた。彼女は満面の笑みを浮かべ、右頬、左頬、額、そして瞼の順に、まるで小鳥がついばむよ
うに口づけた。

「愛してるわ、セネル。誰よりも」




 いつも、寝る前にステラのあの言葉が思い出され、自然と笑みが浮かぶ。
 そしていつも、誰にも聞かれない声で確かにこういった。



「俺も愛してるよ。ステラ。誰よりも」



 誰にも届かなくて良いから、只、今じゃ届かない貴方にだけ。
 未来永劫ずっとずっと届けばいい。