恋唄 


薄暗い店の中では相変わらず酒の匂いが充満している。
 ここは大江戸花街東京歌舞伎町。
 昼間はモダンで、それでいてどこかレトロなこの店も、夜になるとガラリと雰囲気が変わる。
 その中で、頬杖をつく常連が一人。
「どうしたんだい、ムラサキ?浮かない顔じゃないか。」
「何でもないよ。…あたしもたまには思うことぐらいあるさ。」
 フーンと彼女はグラスを拭き直す。
「そうかい?いつものアンタはもう少し強い感じだけどね。」
 きゅっと音を立てたグラスを見つめながらムラサキはけだるそうに口を開く。
「なんだいお前さん。それじゃあたしがいつもえばりちらしているみたいじゃないかね。」
「そう見えるけど。」
 くつくつ声を立てて笑う女性をムラサキはつり上がった目をさらにつり上がらせ睨む。
「まったく失礼だねえ。」
「あ、そうだムラサキ。一曲唄ってよ。」
「…そんな気分じゃないんだよあたしは。放っておいてくれないかねえ?」
 店主らしき女性は溜息をついて言う。
「そんなこと言わないでさ。それに今日は西洋では『ばれんたいんでい』っていう日らしいし。サービスしてよ。」
 たいていの客はそれ目当てなんだし、と彼女は笑う。
「ばれんたいん…?」
「何でも好きな人に思いを伝える日らしいよ。せっかくだし唄って行ってよねえ。」
「わかったよ…。」

 店のマイクを細い指でしっかり掴む。
(お前さんに届くかどうかはわかんないけどさ…。聞いてくれねえかねえ?)
 色とりどりの光で包まれた店に、彼女の力強い唄は吸い込まれていった。
 けれど、それはどこか遠くに飛んでいくような、愛の唄。

 ヴァレンタインの魔法が思い人に届くかは、また別の話―。


          END



後書き
 ヴァレンタイン企画で書いたムラサキねえさんの話です。
 言葉遣いわかんな…;;
 …逃げちまえ!!