君が大切にするものに(そのせんたくがうつくしいから)





        ルークはもしかしたら、放浪癖持ちなのかもしれない。アニスはそんなことをぼんや
       りと思った。ルークは最近ふらふらと何処かへ行くようになった。ほとんど、誰にも告
       げずに一人で行く。そうして、いつの間にか帰ってくる。その繰り返しだ。
        今日だってそうだった。朝起きれば、ルークはすでに出かけた後だという。朝食も食
       べずに何処かへ出かけたらしい。いつもならそんなルークをガイだったりティアだった
       りが咎めるのだが、最近は何も言わない。代わりに嫌みをとばすジェイドだって、何も
       言わないのだ。(本当は言わないのではなく、言えないのだ。三人とも)


       「ルーク!」
       「…アニス?」
        アニスが見つけた人に向かって声を張り上げれば、彼は振り向いた。アニスを見るエ
       メラルドの瞳は、驚きで見開かれている。
       「どうしたんだよ」
       「全く、つれないなぁ〜! ルークが朝ご飯食べてないって聞いたから、お昼ご飯持っ
       てきてあげたんだよ! お腹減ったでしょ?」 
        そこまで言えば、また目を見開いた後。
       「ありがとな」
        すぐに目を細めて笑った。

        ルークはアニスの作ったサンドイッチを頬張る。その様子が何だか子供みたいで、思
       わずアニスは目を細めた。アニスの中じゃ、ルークは手のかかる弟分みたいなものだ。
       「ルーク、ほっぺたについてるよ」
       「え?」
       「取ってあげるよ」
        アニスの細い指がルークの頬に伸び、パンくずを取る。本当に弟がいるみたいだ。不
       思議と懐かしいような、温かい気持ちがアニスに広がる。
       「…よく、母上やガイにされたよ、それ」
       「そっか」
        視線を下に落とし、ルークは言う。
        その何とも言えないしっとりした空気が変に居心地悪くて、誤魔化すかのようにアニ
       スは花を摘んだ。その辺にいくらでも生えている、雑草という表現がピッタリの花だ。
       それをもう少し摘んで、ゆっくりと指先を動かす。そんなアニスの様子を知ってか知ら
       ずか、ルークは空をぼんやり見上げていた。



       「ルーク」
        呼ばれ、緩慢な動作でルークはアニスの方を向いた。頭の上を、なんだかくすぐった
       い感覚が走る。
       「…花冠、だよ」
        朱色に、白と鮮やかな緑がよく映える。例えそれが、あと数時間で失われるものだと
       しても、アニスは素直に綺麗だと思った。アニスが摘んだ花は、今冠となってルークを
       飾っている。
       「器用だな…」
        視線を上にあげれば、ギリギリではあるが確認できるらしい。必死に、視線を上げた
       まま感嘆している。
       「教えてもらったんだ」
        大好きな家族の姿を思い浮かべ、その柔らかい心と全く同じに、アニスは笑った。ふ
       わふわとした、ゆるやかな暖かみがアニスの心を占めている。目尻がじんわりと熱くな
       った。

       「…母上に?」
       「うん」
        ルークの問いに、アニスの笑みはさらに深くなる。優しい思い出ばかりが。アニスの
       脳内を回っていた。

       「大切に、しろよ」
       「…当たり前じゃん」
        ふいに真剣な表情になって、ルークは告げた。その雰囲気に戸惑いつつも、アニスか
       らしてみれば当然のことを言われ、唇を少しとがらせた。分かり切ったことを、なんて
       思いつつ。


       「お前は、それを選んだんだから」
       「…え?」
        アニスの細い黒髪を撫でながら、ルークは薄く笑った。それを確認した瞬間、アニス
       の背筋が少しだけしびれた。じりじりとした、変な痛みだ。
       「お前は選んだんだ。引き替えに。だからお前は、選んだものを一生大切にしなきゃ」
        ルークの指先が、アニスの髪から白い頬にうつる。アニスの熱くなってきている頬と
       は反対に、その指先はひどく冷たかった。鼻の奥がつんとした。

       「選んだ、んだろ?」


        ルークは笑っていた。
        それが、ひどくアニスの心を震わせた、

        花冠は、鮮やかな色。

        それとルークだけが残って、世界はモノクロになっていった。