水底の花

 目の端に浮かんでいく液体は、どんどんその量を増し自身の目全体を包み込んだ。温
かい。それだけが唯一の救いな気がして、また目を閉じた。
 嗚呼涙だ。これは涙なのだ。それだけを思い、水の中にまた沈んでいくことを自身で
決め、それを実行した。自然と沈む体は軽い気がする。水中で重く、けれどさらさらと
広がっていく髪を感覚で確認した。

 陶磁器のように白い素肌全体に、水がしみこむ感覚がした。今まで目全体を覆ってい
た涙が水中に溶けこんでいる。
 白のワンピースを纏ってで水に入っている姿は、正直異常だろう。それが、年頃の少
女だと分かれば特に。彼女は沈んでは浮かび、また沈んでは浮かぶことを繰り返した。
 不意に、どんどん深く潜っていった。もっともっともっと深く。
 このまま溶けてしまえばいい。そう思い、両手を広げ、沈んでいった。

 最近は、ずっとこれを繰り返している。
 ずっと水中に漂っている。

「お兄ちゃん…」

 浮いた時に呼んだ人の名前は、再び彼女が沈むと同時に吸い込まれていった。

 好きな、ひと。

 けど、その人は私のお姉ちゃんが好きなんだ。そして、お姉ちゃんもお兄ちゃんが好
きなんだ。
 知ってる。
 けど、辛い。
 お兄ちゃんへの好きとは、違うけど、お姉ちゃんだって好きだ。
 けど、たまに恨めしくなる。
  こんなに、こんなに私だってお兄ちゃんが好きなのに。何でお姉ちゃんはあんなに幸
せそうなの?お兄ちゃんは私が見つめてても、お姉ちゃんが一緒にいればお姉ちゃんの
方を見て、ほっぺを赤くして笑う。
 また、泣きたくなった。

 ああ、幸せそうな声が聞こえる。
 好きだという声が聞こえる。
 届くことのない幸せを得た二人が見える。


 水底の花になってしまいたかった。

 そうすれば、見なくて済んだのに。
 何も見なくて枯れていけたのに。