君の手は汚れ僕の手は黒い ルークは、小さい頃からよくガイと手を繋いだ。歩けなかったりだとか、悲しかった りとか、寂しかったり、嬉しかったり。どんなときでも、手を繋いだ。一種の感情表現 だったのだ。口に出して思いを伝えることが、苦手だったルークとしては。 例えそれが無意識でも、ガイはちゃんと気付いていた。人に対して自分の本当の気持 ちを伝えられないルーク。恥ずかしさが先行したり、表現方法を知らないから。 感情が様々、幾つもあっても、それに名付ける名前を知らない。だから、伝えかたも 知り得ない。 生きていくことに、不器用なのだ。それに比べて、ガイは生きていくということに器 用だと、本人は思っていた。 嘘を案外、平気でつけた。それも上手に。だって、普段から嘘の仮面を被っているよ うなものだったから。(それがどんなに愚かか、彼も知ってはいたけど) 彼は、嘘をつかないと自分を保てなかった。鋭い鋭い、それはもう鋭いナイフを、嘘 で作った鞘にしまっておかないといけなかった。(じゃなきゃ、あんな環境で、くらせ ないんだ!!) 彼はいつも、嘘を嘘のままにしていた。みんなは本当だと思っても、彼がついた嘘は いつまでだっても彼の中では嘘のままだった。例え、それが本当になったとしても。 嘘は、優しくても綺麗でも何でも、罪だから。嘘をつく行為自体が、決して誠実では ないから。嘘は、どんなに綺麗でも本当になろうとも、嘘なんだ。 でもルークは違う。嘘をつくのが下手だった。自分にも他人にも。感情をごまかして もその嘘は他人にすぐ見破られ、自分につけばもっと彼を苦しめた。それでもつくのを やめなかった。絵本の中の男の子のように。 そして彼は、嘘をもっともっと罪にした。ナイフにした。それも、自虐用の。 そんな不器用な子供が愛おしかった。ルークは、嘘をついてもガイの手を握った。手 袋越しに、縋るように。だから、嘘をついても、手袋越しに、予想できる範囲の本当の 気持ちが伝わった。まるでテレパシーみたいに。けれどそれも予想だから、そういうの は傲慢かもしれないけど。 でもその手袋越しの感情の本質に気付いたのは、ガイ自身の塗り固めてきた嘘がばれ たときだった。(その嘘は彼という存在の核になっていた。それがくずれたら転落する しかなかったんだ、本当の本当は) 崩れた嘘の欠片は、塗り固めた嘘のときは決してそんなことしなかったのに、ガイの 心にぐっさりとつきささった。心臓をえぐるかのように。 恐らく、この痛みが、ルークという存在の核。いや、この痛みなんかじゃ足りない。 何百倍にしても。つきささった嘘だけじゃない、アグゼリュスを崩落させてしまったと きとか、信頼していた師に捨てられてしまったときとか、みんなに見捨てられてしまっ たときとか、罪の意識とか、そういうものが幾つも幾つも重なってはルークの心臓をえ ぐっては傷つける。ぐしゃぐしゃにした。 心臓は、鼓動の音をたてるかたてないくらいに、ぺしゃんこになってしまった。 もう、成長することはない。 その事実に、一体幾つの人間が気付いているだろうか? きっと、気付くものは少ない。 ガイの嘘がばれたとき、ガイが転落しなかったのはルークのおかげだと思う。もしも あのときルークが「信じられない」と言ったら、嘘の欠片はさらに鋭くなってガイを殺 しにかかっていただろう。えぐるだけではない、ガイの存在そのものを否定し、呼吸そ のものをやめさせる。 そして気付いた。いつの間にか、核がすり替わっていることに。ガイの中では、とっ くに嘘ではなく、ルークという存在が核になっていたのだ。 ルークはガイの手をにぎったまま寝ている。呼吸は浅く短い。 ルークが、熱を出してしまったのだ。短くなった朱の髪は、汗で額や首筋に張り付い ている。ケセドニアからケテルベルグまで移動して、街に買い出しに行っているときに 倒れた。急激な温度変化に耐えられなかったのだろう。今まで、年中春気候のバチカル にいたのだから、当然といえば当然。 アニスがルークに消化に良いものを作る、と言っていたから、食事の心配はしなくて いいようだ。アニスはしっかりしているから、助かる。 いつもは冷ためのルークの手が、とても熱く汗ばんでいる。ガイは手袋を外していて 手袋越しじゃない。いつもより何かが流れ込んでくる錯覚に囚われた。 旅を始めたばかりの彼を、皆傲慢だと言った。 けれど、本当に傲慢なのは誰だろうか? 傲慢なのは、彼だけだろうか? この感情は、パンドラの箱だ。 開けたら、取り返しがつかない。 嘘で塗り固めた自分に、自分達に、「何故何も言わなかったのか」なんて言う権利は あったのだろうか? ルークという存在の、あのころの核はヴァンだったと誰もが知っている。ニセモノで もルークが望む愛情を与えた。父のように。 何も伝えない、何も教えない自分達より、ヴァンを信じて当然だったのだ。(冷たい ことしか言わなくて、自分を見てくれない大人より、お菓子を与えてくれて、自分のこ とを見てくれる大人の方を信じるのは、こどもとしては当然じゃないか!! こどもは、 外に見える部分しか確かなものはないんだから!)内側にどんなものを持ってても、そ れをこどもがわかっていても、(こどもは、本質がすぐ分かるから)嘘をつかれたらす ぐ騙される。 汗ばんだ手と、浅く速い呼吸からは、悲しみと痛みのみが伝わってくる。 アグゼリュスの罪は、本当は、分割してやらなければいけないのに! そう思った瞬間、ガイの中でパンと何かがはじけた。 いたたまれなくて、ルークの手をぎゅっと握る。このこどもは、どれほどまでに嘘を ついて、傷つけたのだろうか? そして何より、自分はどうして、もっともっと早く手を差し伸べてあげられなかった のだろうか? 核はとっくにすり替わっていたのに。あんな嘘より、ルークという存在 の方が大事だったはずなのに。 それに気付かないで、核を傷つけるだけ傷つけた。嘘の方を、大切にした。(もし、 核を傷つけたら、どうなるかぐらい分かっていたのに!) この手は、屋敷にいたあのころと違って、色々なもので汚れてしまった。 けど、そうさせたのは誰だ? 自分だって、加害者じゃないか!!(自分だけじゃな くて、仲間みんなにそう叫びたかった) こどもの手を汚してしまったガイの手は、ガイの目には真っ黒に見えた。 これは、こどもの傷口と一緒だ。そこがないんだ。こどもを騙して傷つけて。 ルークは、ルークの手を汚いという。血だらけだという。 じゃあ、自分の手は? きっとみたまま、真っ黒だ。 話には続きがある。人が生きている限り些細な言葉でも、話は終わりなんかしない。 どんな小さい台詞だろうがそのまま続いていく。十年後だろうが明日だろうが。記憶が 薄れるか薄れないかの話だけで。 ルークはいつからか自分から手を繋がなくなった。 それは、表現方法を得たからではないことをガイはしっている。 「だって、血まみれが、うつっちゃうだろ?」 いつか、小さな聖獣に言っていたのをガイは聞いた。違うんだ。うつるんなら、いく らでもうつせばいい。半分以上、自分が持つから。 だって、何時だって生きることに不器用な君より、生きることも嘘をつくのも上手な 俺が持った方が良いだろう? (でも、ガイだって生きることは下手なのだ本当は。生 きるのに上手な人なんかいやしないのだから) そう思っても、ルークが自分からガイの手を取ることはない。 だからだからだから。 ルークの手は汚れたまま、ガイの手は黒いまま。 無駄に長くて暗い。 手が汚れている、というのはルークがずっと感じてたんじゃないかなぁとか。 話がどんどん横道にそれていく自分にある意味乾杯。