隔てた壁で突き放す
 

 次の日から、ルークはさらに壁を隔てるようになってしまった。
 一日中部屋に閉じこもり、特殊な文献を読みあさったり、かと思えば一日中いなかっ
たり。元々安定しているとは言えない質だったが、近頃はもっと安定していない。
 アリエッタすら、近づけさせない様子を見せるのだから、異常だ。
 かといって、全く近づかないわけでなく、意味もなくシンクやアリエッタを抱きしめ
たりする。崩れかけた安定を取るように。
 
  食事を運びに、アリエッタはルークが閉じこもっている部屋の前に来た。今日ルーク
に食事を運ぶのは、アリエッタの番だったから。食事の時と、どこかへ行くとき。それ
くらいしか、最近のルークに会うには許されていない。
 それが、たまらなく悲しくて際し寂しかった。
  木製の扉。それを二回、ノックしようと思い、片手をあげる。けれど、その動きは止
まった。
 何時かアリエッタがルークにねだって歌ってもらった歌が、聞こえてきたのだ。
 その響きは、何時かと同じように甘く、それでいて痛みを伴うものだ。前は半分眠り
の中だったから、そこまで分からなかったけど。今聞いていると、アリエッタの心臓が
焦げるような痛みを負った。
 その痛みに動けないまま、よくよく歌詞をたどれば、それは古代イスパニア語だとい
うことが分かる。
 でも、確か、ルークは…。
 お盆の上に乗ったスプーンが、動いて無機質な金属音を立てる。それを聞き、目を覚
まされたような気になり、慌てて止まった手のひらで今度こそ二回ノックした。
 浮かび上がった思考は、また脳内の奥底に沈んでいった。

  
 
「ルーク…ご飯、持ってきた、です」
 扉を開けた瞬間、ほこりっぽい匂いと、かびたような鼻先を刺激する匂いがアリエッ
タを包み込む。それに、少しだけ顔をしかめた。
「…アリエッタ」
 声をかけられたルークは、振り向き彼女の名前を呼んだ。こうやって名前を呼ばれる
のは、何時ぶりだろう。あまり時間がたっていないような気もする。
 呼ばれた瞬間、アリエッタの心を温かいものが満たして、先ほど負った焦がすような
痛みをすぐに癒した。
 アリエッタはルークに名前を呼ばれるのが好きだった。何だか、特別って感じがする
から。

 彼が彼女の名前を呼んだから、当然歌は止む。残念だと思ったけど、仕方ない。
 ルークは窓辺に席に座っていた。目の前にあるテーブルには所狭しと本が並べられて
いる。鼻をさすような匂いの正体はこれだろう。見当がつく。
 逆光の所為で、ルークの顔はあまりアリエッタには見えなかった。ただ、埃が舞って
いるのが、光の所為でよく見えた。
「…どうした?」
「いえ、なんでもない、です」
「…何かあった、って顔してるぞ」
 図星を指された。仕方なしに、アリエッタは口を開いた。

「さっきの歌が止まったから、残念だって思ったん、です」
「そっか」
 ルークは僅かに口元を歪ませる。
「あれ、古代イスパニア語、です」
 アリエッタも、口の端を上げる。
「…え?」
「ルーク、どうしたの?」
「…本当か?」
「うん」 
 再度アリエッタが言うと、ルークは血相を変えた。ルークがこんなに慌てるのは珍し
いことだ。
「アリエッタ、出て行ってくれ」
「え?」
「良いから!!」
 拒絶されるがまま、アリエッタは逃げ出した。苦しくてたまらなかったけど。
 それでも、ルークに嫌われるのは、いやだったのだ。


  数日後、食事を口にしていなかったのだろう。少々やつれた顔をしたルークがアリエ
ッタの目の前に現れ、
「俺、しばらくでかけるから」
 それだけ言い放って、言葉と同じようにルークはアリエッタを突き放した。



  相も変わらず紫色の空を、ルークは見上げた。今は、誰も一緒にいない。それに僅か
な寂しさと、安心感を覚えた。矛盾しているようだけど。
 たまに思い出したように風が吹く。そして、ルークの長い髪を揺らす。さらさらと音
をたてて、それはよくなびいた。
 顔をしかめて、まるで煩わしいとでも言うように頭を振り、早足で歩き出した。


 暗い空間が広がっていて、さびた鉄の匂いと、カビだろうか、鼻につく匂いが漂って
いる。気持ち悪いほど静かで、聞こえるといえば、金属音ぐらいのものだ。それも本当
に時折だから、不気味で仕方がない。
 かといって、ルークはそんなこと、気にもとめない。只黙々と進む。暗さに目はすっ
かり慣れていて、すでに光が無くても構わないくらいだった。
 

 暗闇の中、浮かび上がるような白があった。一般人がこんな暗闇の中で見たら驚きす
くみ上がってしまいそうな。暗闇の中にあるせいか、青白い。

「いたか、死神」
「あなたは…」

「ディスト…いや、サフィール・ワイヨン・ネイス。ここから出してやる。代わりに、
協力しやがれ」













 


 黒ルク九話目です。
 これまた難産でした。途中ひらめいたのでそれを追加。
 書き直したので大変でした。今回は黒ルクサイドなので黒っぽさは控えめです。
 そして個人的大好きキャラが登場! ばしばし使ってあげたいです。
 次回は黒ルクサイド半分、アッシュ達サイド半分になりそうです。
 今回で折り返しぐらいでしょうか。兎に角、頑張ります。