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意味など無い、だからこそ作るのだ 長い髪が、風になびく。ルークはそうして乱れた髪を直すこともなく、ただぼうっとしていた。 今現在シンクは、やっと泣きやんだアリエッタを宿に連れて行った。今は、彼女の傍に自分はいない方がいい。ルークはそう決めつけて、聖獣と並んで座っている。目立つ容姿の青年と、目立つ聖獣。傍から見ればおかしな光景だが、本人達は気 にしない。むしろ、ルークの場合は外と壁を隔てているという方が正しかった。常に自分の中で線引きをしているのだ。自分と、何もかもにおいて。 空は、青くない。 禍々しく、ずっと見つめていると気分が悪くなりそうな紫色。それが空どころか空気まで浸食している。意識をすれば、まるで紫色の粒子を吸っているような気持ちになった。思わず目を瞑る。 しかし、ルークは不思議と、それがあまり不快ではなかった。 一度、深く空気を吸い込む。 そのとき、ルークの中の記憶の蓋が、開いた。 「…っ!!」 痛みが走る。鋭く、突き刺すような痛みだ。思わず顔を顰めて、頭を抑える。痛むのは足りない頭だったか、何処にあるか分からない心だったか。しばらく、痛みなんてものは感じていなかった。特に、外傷からではなく、内側、しかも自分の内から生まれる痛みなんてものは。あまりに久しぶりすぎて忘れていたのだ。そしてその事実に、つくづく自分は人から逸脱しているのだと思い知らされて自嘲の笑みを浮かべた。形の良い唇が歪む。 「ご主人さま、どこか痛いんですの?」 「…ミュウ。…なんでもねぇよ」 ミュウの大きな瞳が、より一層大きくなってルークを見上げる。それにルークは視線を投げた。幼児を彷彿される幼く甲高い声に、何故か叫び出したくなった。器から絶え間なく溢れては零れる嫌悪感の波。それが今一気に、ルークを飲み込もうとする。空を飲み込んだあの紫色のように。 それが、何故か痛かった。実質的な痛みなどありはしないのに。 「ミュウは、さ」 「ミュ?」 ルークは一度、きゅっと唇を結んだ。そうして、ゆっくりミュウに問い始める。 「もし、火が吐けなくなったり、今できることが出来なくなったりしたらどうする?」 「ミュミュ? それって、ご主人様の役に立てないってことですの?」 「…まあ、そうか」 唐突な問いかけに、聖獣は大きく頭を傾ける。その所為でバランスが崩れ、ルークはすぐさまそれを支えた。 「難しかったか?」 ごめんな、とルークはミュウの頭を撫でる。普段なら大丈夫だと言い、喜ぶミュウはまだ考えて込んでいるらしく唸ったままだ。 「ミュウは」 「ん?」 「例え何もご主人様の役に立てなくなったとしても、ご主人様の傍にいるですの! だって、ミュウはご主人様が大好きで、傍にいたいですの!!」 その回答にルークは目を開く。随分と、年相応に幼い顔つきになって。 そして、薄く笑った。 「…そっか。ありがとな、ミュウ」 「いいんですの! ご主人様が大好きだから、いいんですの」 言い、にっこりとミュウは笑った。幸せそうな笑顔だ。けれど、ルークはそっぽを向いていた。あらぬ方向を見つめて。 「ミュウ、先宿屋に戻ってろ」 「何でですの?」 「いいからとっととしろ」 「…はい、ですの…」 振り向いたと思うと、一転し冷たい口調になる。まるで、ルークがミュウ達以外に接するときのように。そうされるとミュウもシンクもアリエッタも、決まって何も言えなくなる。だから、ミュウも只従うしかなかった。 ミュウの小さな心臓が、何処にあるのか分かりはしない心が、鈍く痛んだ。まるで潰されたように。 ミュウにとってルークはかけがえのない人物で、世界で一番大切な人だけど、ミュウを世界で一番悲しい気持ちにさせるのも、ルークだった。 世界は、ルークで回っているのだ。少なくとも、ミュウにとっては。だって、ミュウをこんなにも幸せな気持ちにさせるのも悲しい気持ちにさせるのも、ルーク以外有り得ないんだから。たった一つの言葉、たった一つの仕草で。 だから従うのだとミュウは思い、短い足で歩き出した。 ミュウの姿が見えなくなった頃、ルークは自身の顔に手を当て、空を仰いだ。 指の隙間から見える空は、変わらず不気味な色のままだ。それが渦を巻いているようにも見える。 「…出来ること、か」 この手のひらに何が出来るというのだろうか。繋ぎ止めることすら出来ないくせに、傲慢だ。それなのに、あの聖獣の言葉ばかりが脳内で跳ね返る。 「意味なんて、ありゃしねぇ」 この感情は、気まぐれなんだ。 あの問いかけも、今の思いも、いつもの傲慢な自分の独りよがりにすぎない。 そう、誰かに叫んでしまいたかった。 作りたいなんて気持ちは、きっと嘘なんだと。 変わることが怖い黒ルーク。 非道く臆病な彼を希望します。傲慢であれども。 かなり難産な話でした。 |