紡がれる言葉は甘く、痛い



               正直、合流はしたものの、ティア・グランツという女性がアッシュは苦手だった。どこ
              が、というわけでもないし、どこかと聞かれれば返答に困ってしまうけれど。もしかした
              ら彼女がヴァンの妹で、その彼女の兄であり自分の師であった人物を、目の前で散々罵倒
              したことに対する後ろめたさかもしれない。けれどその事実をアッシュにはどうすること
              も出来ないし、ヴァンに対する嫌悪感は残ってはいるから訂正も謝罪もしない。
               けれどこうやって一緒に行動すると、どうも息苦しさが抜けないからいけない。アッシ
              ュは思いつつ、こっそりとばれないように息を吐いた。肩の辺りが重い。
               せめて、他に誰かいればいいのかもしれないけれど。ティアが、自分に対してあまりい
              い感情を持っていないことだって知っているから、アッシュも必要最低限にしか話しかけ
              ない。ティアだってそうだ。そうすれば当然会話はなくなり、重い空気だけが流
              れる。二人だけだと、そんな二人の感情がぶつかり合い、アッシュとティアの呼吸を上手
              にさせないような感じがする。


               やっとみんなと合流して、息苦しさが無くなった、(ティアのその嫌悪感の空気は、
              人がいればいるほど薄れるものだった)と思ったときだった。食材を売る店の、初老の
              女性が話しかけてきた。
              「おや、兄ちゃん、そんなに友達いたのかい? あのピンクのお嬢ちゃんは大丈夫?」
              「…は?」
               随分親しげに、(こういう商売をする人物特有なのかも知れないが)女性は言う。言
              われて、アッシュは自身の記憶と照らし合わせるけれど、一意するような出来事も顔も
              なかった。アッシュが何とも間抜けな声を上げると、訝しむような視線で女性はアッシ
              ュの顔をまじまじと見つめた。
              「…おや、よく見ると少し雰囲気が違うねえ。…ご兄弟か何か?」
              「…それって…」
               そこまで聞くと、ガイがはっとしたように表情を変えてアッシュを見る。アッシュも
              理解したようだ。軽く頷き、女性を問いつめた。
              「…もしかしてそいつは、緑の髪のヤツも連れていなかったか?」
              「ああ、あの変なお面付けた子。よくわかったねえ。知り合いかい?」
              「…どこへいった?」
               アッシュは抑揚のない、低い声で問う。脅すような口調で。そんなアッシュの不躾な
              態度にも、女性は愛想の良い笑顔で返した。
              「何だか急いでいたみたいだけど…、町はずれの方じゃないかな。あっちの方に向かっ
              ていったよ」
               目線をそちらに放り投げると、店主はまた仕事を再開する。その姿を見て、ティアは
              礼を告げた。アッシュ達は、いつのまにか歩き出していた。




               このあとのことは全部夢みたいで、未だみんなの中では区別がなっていない。
              思い返せば、今でも夢だったんじゃないかと思う。空間が、空気が、みんなのなかのど
              のものと違ったのだ。


               分かっているのは町はずれ、というだけでどこにいるかも分からないのに、アッシュ
              は少しも迷い無く歩いていた。まるではじめから知っていたかのように。人の波を縫う
              ように、アッシュスムーズには歩く。それにみんなはついて行く。見失わないように。
              迷い無く歩くアッシュが、そのときみんなは怖かったのだ、正直。
               目の光が、あまりに『ルーク』に似ていたから。

               人の波を越え、薄暗い灰色の裏路地をくぐれば、ひらけた場所に出た。その瞬間、飛
              び込んでくるのは緑だった。日差しとそれに生み出される草いきれ。むせかえるような
              空気。
               そんな空間の中心に、あの朱色はいた。どっしりと地に根を下ろす木によりかかり、
              座っている。その彼の膝の上に、あの桃色の髪の持ち主が頭をのせていた。その彼女の
              髪を、無骨な指が梳く。
              「…大丈夫か、アリエッタ?」
              「…へい、き、ちょっと疲れただけ…です」
               ルークの声色はこれまでに一度も聞いたことがないもので、息を殺して見つめていた
              みんなは思わず目を見張る。衝撃だった。

              「…最近、無理してるんじゃないか…? シンクが戻ってくるまで、眠ってろ」
              「…ありがとう、です」
               ふふっ、とアリエッタの甘い笑い声が零れる。それが響くと、あたりの空気も甘くな
              るのが分かった。まるで、慈愛だとか、そんなものが込められたような。

              「…おやすみ」
               どれを感じとると、さらにみんなが聞いたことのない声で告げた。けれど、アリエッ
              タはそれを遮る。
              「ルーク、お願い」
              「…何だ?」

              「歌って」
              「何で」
              「…アリエッタの、本当のママたちが生きてた頃、ママがよく、寝るときに歌ってくれ
              たの」
               言葉を紡ぐアリエッタは、その口調からも分かるように半分眠りの中らしい。今にも
              眠りの深い淵に落ちていきそうだ。アリエッタの髪を梳く手はそのままに、ルークは小
              さく、口を開いた。それはみんなには見えなかったけれど。
 
               声が、歌が、紡がれる。


               空間全てを飲み込み、それでいて包み込むように。不思議な歌い方だった。

               歌は、終わらない。


               前振りもなく、ガイは口を開き、呟いた。
              「…あいつさ、昔は歌習わされたんだけどさ…。ある時から、歌わなくなったんだ。
              …こんな風に、歌うんだな…」
               きゅっと、ガイは唇を噛む。視線はルークを見据えたままだ。そんなガイを一瞥す
              ると、表情も変えずジェイドは紡ぐ。
              「古代イスパニア語ですね。…彼は、古代イスパニア語を知らないと言っていましたが
              何処で覚えたんでしょうね?」
               ルークが歌を習ったのは、あまり長い時間ではないことをガイは知っていた。ある時
              から、与えられるもの全てを拒絶したのだ。その前に歌っていたものも、貴族がサロン
              で歌うようなものばかりだった。こんなものは、知らない。
               きっと、ルーク自身も込められた意味なんて分かっていないだろう。

               その事実と、ジェイドが言いたいことに気付き、ガイは顔をしかめる。視線を足下に
              移して。ジェイドは意味深な視線をガイに投げたが、それきり何も言わなかった。
               他のみんなはただ、ルークを見て、ルークの歌を聴いているしかなかった。脳味噌の
              芯、むしろ、体をまっすぐに立たせている背骨が震えるようだった。甘く震え、響く。
              どこか、じわじわとした鈍い痛みを伴って。


               ルークの声が止まり、空間の中に余韻が残る。ふいに、ルークのエメラルドがこちら
              をむきかけた。その瞬間、冷水をかけられたかのようにティアは肩を震わせ、その場か
              ら逃げ出した。それにつられて、みんなも走り出した。まるで逃げるように。
               たった一人、冷ややかな視線で見るジェイドを除いて。

              「…いたのか」
               緩慢な動きで振り向いた後、ルークは言った。その口調にはあからさまな呆れが含ま
              れている。
              「…先ほどの歌、素晴らしいと思いますよ」
               けれどそんなことはどうでもいいように笑い、ジェイドは賛辞の言葉を言った。称え
              る意味を込めて、軽く手を叩く。
              「言うな!! …その鼻っ柱へし折るぞ…!!」
               が、聞くなりルークの怒号が飛んだ。今まで見たこと無いほど動揺しきった表情で。
              ルークの膝の上のアリエッタが身じろぎするが、それすらも気付かない。
              「…触れてはいけない部分ですか。やれやれ、では、失礼しますよ」
               ジェイドは、頭を振ってその場を後にした。


               ティアは裏路地を抜けると、力が抜けたようにその場にあった壁により掛かった。珍
              しく呼吸は荒く、動揺しきっている。
               その少し後、アニスがティアに駆け寄った。
              「大丈夫? ティア、どうしたの?」
              「……」
              「黙っていては、わかりませんわ」
              「ティア、顔色悪いぞ」
               問われているティアは、ぐったりとしたまま呼吸を整えていた。漸く落ち着いてきた
              頃、絞り出すような声で言った。
              「…だって、あの歌は、アリエッタのためだけに歌われたものでしょう…?」

              「私たちが、聞いて良いものじゃ、ないの」

               ティアの言葉は、非道く頼りなさげな子供のようだった。
 



              「…随分、血まみれだね」
              「…ほっとけ」
               ルークの剣にも、服にも、顔にすら、赤黒い血がべっとりと付いている。それは与え
              たはずのルークが亡骸のように見せて、シンクは仮面の下の目をつり上げた。ルークの
              足下には、人の山。僅かだが、呼吸音が聞こえる。生きてはいるようだ。
              「そんな喧嘩買うなんて、あんたらしくない」
               何があってこんな自体になったかをシンクは見ていないけれど、大方の予想は付いて
              いた。
              「…うるせえ」
               聞くと、ルークは剣を鞘にしまった。それを見ながら、ルークらしくないとシンクは
              思う。普段のルークは、喧嘩を売られても言いがかりを付けられても相手はしない。傷
              つけるのが嫌なのではない。返り血を浴びるのも、剣ごしに触れることすら嫌なのだ。
              …どれだけ、人が嫌いなのかとシンクは思うが、シンクがこの俗世に思うように、彼に
              も何かがあるのだろう。だから何も言わない。

              「…アリエッタは、僕が宿に運んでおいたから」
              「わるいな」
               言い、ルークは腕で顔の血を拭う。が、血は変にのびてルークの顔は赤いままだ。そ
              の頬に、シンクが手を伸ばす。
              「…戻ろう」
               ルークは何も応えなかった。ただ、宿に向かって黙々と歩く。血まみれの自分を忌々
              しそうに見る目も、自分が斬った人物達を、ゴミだめのように見る視線を確認して、や
              っといつものルークだと、シンクは溜息をついた。でももしかしたら、あのルークが本
              当なのかもしれない。けれども、シンクは問いつめなかった。
               彼に無理矢理吐かせるくらいなら、ずっと知らない方が良かった。ルークの口から、
              いつか紡がれるのを只切望した。














               …長いですね。いっそうざいくらいに。
               他所様のはあまり長くても気にならないのに、私のだと途端にうざく感じるのはきっ
              と私に文才というものがないから。そして単調で山場もクソもないから。(お下品です
              ことよ)
               それはさておき黒ルク書くに当たってずっと書きたかった話が書けました。(むしろ
              シーンですね)
               そのシーンはみなさんの想像にお任せしますが。
 
               どうでもいですが、ルークの歌っている歌は「VOICE」がイメージです。
               まくろすぷらすのね。分かる人は同士。女の方が歌っておられますが、ルークでも歌
              えると思うのです。むしろ歌って欲しい。