ガイはそのとき幼かった。 目の前に見える空間は全て歪んでいて、ガイの腹の内にはずぶずぶと黒いものだけが 溜まっていく。それはひしゃげるどころかまっすぐで、只一点を見つめていた。 ガイの全てを奪った人への、復讐だ。 ルークはそのとき知らなかった。 透き通ったエメラルドは虚ろに映して、ルークの脳の中ではごちゃごちゃと入ってい くものが全て通り抜けていく。だからルークの脳は空っぽなままだった。 持っていたのは、世界への恐れと希望だけ。 幼い子供は、知らない子供に物事を教えた。ルークの手や体はいつも震えていて、ガ イの心は変に痛んだ。十にもなる子供が、こんな風になってしまって。それは確かにガ イの知っているルークの姿なのだけれど、ガイの大嫌いなあの「ルーク」はどこにもい なかった。 それにほんの少し、ガイは救われていた。心底、ほっとしていた。何も知らないこど もが、ほんの少し愛おしかった。 残ったのものはひとつだけ 帰ってきた「ルーク」は腫れ物だった。誰もが遠ざかろうとして、必要以上に近寄ら ない。中途半端な憐憫ばかりが聞こえる。 「ルークさま、いいお天気ですよ」 そんなルークの世話には、ガイの他に一人のメイドがあてられた。まだ幼い、ガイよ り少し年上の。ガイは女性が怖いから最初こそげんなりしていたけれど、彼女は必要以 上、ガイと距離を縮めない。それがガイにはありがたかった。 ルークを抱き上げ、よくメイドは空を見ていた。ルークは訳の分からない言葉を一生 懸命に発する。 「あれは空って言うんですよ、ルークさま」 「しょーりゃぁ」 「よくできました」 その光景を見るたびガイの胸は痛んで、けれど腹の内のずぶずぶしたものが少しだけ 落ち着く。訳の分からない感情だったけれど、居心地は不思議と悪くなかった。 「…続くんだって、思ってたよ。あいつが俺や彼女と歩き方や言葉の練習をして、少し ずつ少しずつ成長していった。それが、嬉しかったよ」 ガイの視線は伏せられていて、その瞳の色を伺うことは出来ない。声は空間上に良く 響いて、皆に変な痛みを残した。 「あの日の朝、起きたらルークはいなかったんだ。…俺もみんなも食事に睡眠薬を仕込 まれて、気付かなかった。誘拐されたんだ」 「…誰に?」 ジェイドが口を開いた。ガイの視線は上がらない。 「一緒に世話をしていたメイドだよ。彼女もいなかったんだ」 朝、ルークの部屋に向かえば、ルークの寝台は空っぽだった。屋敷中探したって、ル ークはいなかった。そして彼女も。必然的に、犯人は彼女以外いない。 「結局彼女は見つからなかった。動機も、分からなかったよ」 「ルークは、保護されたんでしょう?」 ゆるゆると首を振るガイに、ティアは問うた。見据えたティアの視線はガイの瞳には 届かなくて、ガイのつむじにぶつかった。 「…二、三ヶ月たってやっとな」 「でも」 ガイはそこで視線を上げた。それが合図だったかのように、皆が息をのむ。アッシュ の脳が瞬間、ガンガンと痛んだ。知っている、経験のある痛みだ。 「ルークは…変わっていたよ。そして帰ってきてからたった一言」 「大嫌いだ」 ガイは、あの瞳と言葉を一生忘れないだろうと思う。その全てが世界を憎んでいて、 復讐を決めた幼いガイにあんまりにもよく似ていた。思えば、あのとき濁りが生まれた のだ。エメラルドを汚す、絶対的な濁り。 彼は実の父親たちに向かって、その濁りを見せつけた。幼いルークには、あんまりな 濁りだった。 「そう、言ったんだ」 分からなかった。ガイにもアッシュにも、皆にも。けれど、ルークは恨んでいる。確 かにそのことは本当で、皆の知っているルークは思いの全てを濁りだったり恨みだった りに変えている。 「…俺の知っていることはここまでだ。…満足か、アッシュ?」 ガイは視線をアッシュに投げる。アッシュの方は小刻みに震えていた。納得がいかな かったのだ。そんな簡単に片づけていいものでもないと思っていた。 だって、そうだとしたらアッシュの見たものは、一体なんだったと言うのか。 (何なんだ!! あれは!!) アッシュの内のみで、それは燻っていた。 いつもにまして訳の分からない話で申し訳ないです。 次からやっと進みます。お付き合いして下されば幸いです。