雨が降っていた。現象的には雨としか言いようがないけれど、アッシュはそう言い表
していいものかと戸惑っていた。渦を巻いた空から降るそれは、変に汚れている感じが
したのだ。
 買い出しの当番だから、と頼まれて出てくれば、バザールは閉まっているし雨が降り
出してきた。ついていない、と思わずすでに標準装備となっている眉間のしわをさらに
深める。
 とりあえず、動かなければ始まらない。通り雨であることを願いつつ、帰ろうとした
瞬間に、旋律が聞こえた。

 遠慮がちに巻き戻ったり、音が飛んだり。安っぽい旋律は雨音の中、確かにアッシュ
の耳に届く。不思議と、その旋律に引き込まれた。
 どこかで聞いた覚えがある気がする。
 ただ、それがどこか思い出せず、引き寄せられるようにアッシュはかすかな音の方へ
と向かっていった。







 記憶というものは不思議なものだ。ほんの少ししか関連性が無くても、記憶が浮上し
てくることがある。その体験が、恐らく人一倍、ルークは多かった。
 そしてそのたび、苦しめられるのだ。浮上するたび。
 またギリギリとどこかにある何かが痛いまま、不細工な音色に耳を傾け、ルークは細
い声で歌を紡いだ。

 ああ、そういうことか。

 記憶の糸は、何時だって一つに繋がっているのだ。
 だから、いつも、いまだって。








 アッシュは見た。その人を。
 自分の存在を奪い、その上で返すなどといった人を。
 びっしょりと濡れた朱の髪は重そうで、水滴を垂らし続けている。水を吸って重くな
った前髪は、猫背がちに俯いているその人の表情を隠していた。
 僅かに見える顔は青白く、不健康そうだ。唇も震え、口を動かしているけれどそれす
ら自分でやっているのかも分からない。
 よくよく耳を澄ませば、歌が聞こえる。か細く、今にも消え入りそうな。

 それにさらに耳を澄ました瞬間。

 アッシュの脳に、覚えのある感覚が流れ込んできた。






 流れ込んできたものはアッシュの脳味噌をぐちゃぐちゃにかき回した。
 断片的に見えるそれらはかき回した上、アッシュの思考を全て止めようとする。見え
るものと分かるものの区別が付かなくなり、境界線が無くなろうとする。

 穏やかなリズム、景色、狂ったもの、飲み込もうとする傷口。
 じわじわと甘ったるいものが焦がし、それに鋭い破片が突き刺さり、それによって痛
みが生まれ。傷口は脳と同じくぐちゃぐちゃになる。
 意識と離れたところで、それが確実に行われる。
 思考も何もかも全て止まって只、それを見ていた。

 ただ、終わった後。


 アッシュの心臓は、ちぎれそうに、えぐれたように痛かった。


 それに囚われ、身動きできずにいると。

 ひどく、ひどく濁ったエメラルドが、アッシュを睨みつけていた。








                      ひどい濁りが生まれる時を






 まだ続きます。
 なんだらころころ視点が変わって読みにくくてすいません。
 対比を明確にしたいので…。
 今以上訳の分からない場面が続きますが、(これ以上!? と思った方は多いはず)
仕方ないなあと見守って下されば嬉しいです。