空っぽに空いた何かが

 ある日、アッシュは夢を見た。
 幼い頃の自分が笑っている夢。随分人懐っこい笑みで。今の自分からは考えられない
なだなんて、意識がその映像を見ながら発した。
 映像には色が付いていたり、うっすらと見えるだけだったり。でも、夢なんてそんな
ものだろうと思う。
 幼い頃の自分は幸せそうに笑っている。誰かに手を引かれ。ああ、きっとこの温かい
手は母上のものだ。夢の中だと分かっていても嬉しくなる。
 視点はガラリと変わって、上から見上げていたようなのに、突然アッシュ自身の視点
になる。そのアッシュの視点からは柔らかな緑色や青色が見えた。きっと、草原と空だ
ろう。見たことのないくらい優しい色で、アッシュはますます嬉しくなった。

 嗚呼、こんな光景見ていただろうか。
 きっと、忘れていたのだろう。
 そう思った途端、そのあとの地獄のような、苦汁を飲んだ日々が思い出され途端に不
快になった。
 瞬間、夢の映像はぐにゃりと歪んで、ノイズばかりが覆う。ガンガンと頭が痛んで誰
かの声がこだました。
「ルーク」
 優しい優しい声が聞こえるのに、映像は壊れていくばかりだった。

 アッシュの目覚めは、非道く悪かった。
 食事中、聞いていた障気の話も耳に入らなかった。誰かが、幼い頃がたまらなく恋し
くて、寂しかった。



 非道く目覚めが悪い。
 痛む頭を抑えて、ルークは硬すぎるベッドから身を起こした。睡眠時間が短い。
 ルークは、よく寝る人だった。食欲も性欲もあったもんじゃないが、(ものを食うと
いうことは空腹を満たすためもちろんあるが、摂取するという表現の方が近いし、性な
んてものには不健全すぎるほど興味はなかった)睡眠欲だけは人一倍だ。そんなルーク
に睡眠時間が短いと言うことは耐えきれないことで、腹立たしいことでもある。

 けれど、仕方ない。妥協をしなければならないのだ。そのことはルーク自身よく分か
っていた。痛む体や頭を無理矢理無視する。
 窓を見上げても漏れる光は見えなくて、ルークはそれを思って目を細めた。
 瞳が痛い。
 ちくりちくりと眼球を指すような、じんわりと滲むような。零れる陽の光みたいな痛
みだった。そんな詩的なことを考えた自分に寒気がした。虫酸がはしって、体全体が他
者のもののようで、心底気持ち悪い。

 瞼の裏に残る映像は確かに見ていたはずのものなのに、今はあんまり不確かすぎる。
それがルークには悲しかった。彼にとって、悲しいなんて感情はあまりにも久しぶりす
ぎてどうするべきか分からない。それもまた、悲しいことだった。

 窓から見えるのは、相変わらずの風景。

 不確かすぎることばかりが、ルークを取り巻いている。


 その所為なのか、自分の気持ちすら分からなくなっていた。
 



 

 









 記念すべき十話目がこんなんでいいのか。
 閑話休題な感じで。伏線は最近の話、べりべり張っていっていますが前の話を見てい
ると難しい上に、張るの下手くそですね。悲しい。
 でもこれは読み飛ばしても支障のない話になってしまった…!!