混じることのない朱


 非道く荒廃したアグゼリュスで、ヴァン・グランツはルーク・フォン・ファブレを利
用しようとした。
 だが、それは叶わなかった。理由は簡単。最初からルークはヴァンという人物が嫌い
だったし、むしろ人間という存在そのものを毛嫌いしているようなものだったから。例
えここで告げたのがヴァンで無かろうと、彼はハッキリと拒否しただろう。
 それでも唯一、老人と子供だけには優しかった。わかりにくくはあっても、彼なりに
気遣っていた。
 けれど、人間の内側の醜い感情。特に、ドロドロとした、彼から言わせれば「くだら
なく、汚らしい」感情に対して、絶対の憎悪と嫌悪感を示す。
 そういう類のものを見たとき、彼は決まって薄汚いごみ溜めを見るような顔をする。
 
 ヴァンがルークを利用しようとしたときも、そうだった。
 肩にそっと触れようとするヴァンの手を払い、その顔をして、告げた。

「触るな。誰がてめえなんかに協力するか。そんなことをするくれーなら舌噛み切って
死ぬ」
 そう言い放ち、触れられた肩の辺りを丹念に払う。心底嫌そうな瞳で。口元は歪んで
いた。
 それを見た瞬間に、ヴァンはルークの頬をはじいた。長期にわたってバチカルに閉じ
こめられていたせいか、不健康なほどに白い頬。それに赤いあとと、じわじわとした痛
みが残る。
 けれど、それを感じているはずのルークは表情一つ変えない。ただただ、ヴァンを睨
むように見据えていた。

 沈黙のみが、支配する。

 ヴァンは動かない。ルークは、睨みつけるだけで何もしない。

 それからどれくらい時間がたっただろうか。慌ただしく、行動を共にしている人物達
が駆けてきた。(仲間なんて表現して良いか何て、分からない) 
「ルーク!!」
 その一人、ティアの凜としてよく透き通った声がその沈黙の中で響く。呼びかけられ
たルークは、それを意にも介さない。
「…行くぞ」
 その状態のまま、誰とも目を合わせずにそれだけ言った。その場の情景にティアが少
々困った顔を見せる。実兄であるヴァンの顔が、ティアにはまるで泣き出す寸前の子供
のように見えたのだ。実際は、怒りにうちふるえているような、何かに耐えるような険
しい表情だったけれど。
「兄さん、ルークに、何の用だったの…?」
 そうティアがヴァンに問うた瞬間、空気が割れた。



「…そんな劣化レプリカで、役立たずの代用品など、もう必要ない」
 空気の割れた欠片は、ルークの心臓をめがけてまっすぐに進んでいく。ルークを殺し
にかかった。が、一瞬止まって振り向いたルークの表情は、平静そのものだった。それ
に、欠片がひしゃげて割れる。
「…そうか、俺…レプリカとかいうのなんだな」
 それだけ言い、前髪を邪魔だといわんとばかりに掻き上げる。ルークが動揺しない代
わりに、その場にいた人々が震えて動揺した。ジェイドと、イオン、ヴァンを除いて。

「レプリカ…って…」
「あなたは、ルークじゃないんですの…?」
「…ルーク…」
「兄さんどういうこと!? 説明して!!」

 動揺した人々がそれぞれの反応を返す。その人達の目は泳いでいて、どこか焦点が合
わなかった。
 
「…そいつは、七年前誘拐した本当の「ルーク・フォン・ファブレ」の代用品だ。…と
は言っても、とんだ失敗作のようだがな」
 ティアに問いかけられたヴァンは、苦虫を噛み潰したような顔をし、吐き捨てる。屈
辱に歪んだ表情だ。
 
「つまり…それって…!!」
 問いを聞き、ティアが青ざめて息を飲んだ。その音が皆の鼓膜に響く。
 ティアはそのまま答えを求めるが、答えたのは、ヴァンではなくルーク本人だった。

「…つまりは、バケモノってことだろ。俺は」
 バケモノ。そう簡単に言ってのけて、ヴァンたちを見据える。ティアたちを順番に見
れば、皆目をさらにおよがせた。
 バケモノという響きは、非道く硬質で空間に混じることはなかった。まるで、ルーク
のように。ルークはいつもすっくとして立っているけれど、意識の焦点はいつもどこか
へと向かっていた。皆がいる、ここではないどこかを。まるで、何かを探しあぐねてい
るような。
 それが、どこか皆には恐ろしかった。目の先だけを、自分の中のものだけを皆はいつ
も見据えていたから、その異質ともとれるルークが怖かったのだ。
 ルークのそれは本当は、異質なんかではなくとても自然なことだったのに。子供とし
ての本能だったのに。大人はその事実を、簡単に忘れることが出来るのだ。そして、同
じように簡単に過去を美化する。異質を認められないことすら、言い訳する。

「じゃあ、じゃあ、本当のルークは…誰ですの…?」
 震えながら、ナタリアが問う。その言葉は、空間上に簡単に浮かんで消えた。残酷な
質問なのに、空間に簡単に混じり合って、溶けた。ルークの言葉とは違って。恐らく、
それは誰しもが共用している質問だったから。
 本当は皆うすうすと、感じとってはいるのだ。本能と、知識で。ナタリアの中でも答
えは出ていた。けれどそれでも、決して揺るがない真実が欲しかった。(真実なんて幾
つでもあることを、ルークも含めて皆は知らない)
 ナタリアのその問いはルークに向けられたものなのか、ヴァンに向けられたものなの
か、事実は誰にも分からなかった。

 が、応えたのはやはり一人。

「…お前だろ、鮮血のアッシュ」
 ルークは入り口付近を見据え、ルークは言葉を紡いだ。そこには、ルークより紅に近
い髪色の持ち主が立っている。鮮やかな、紅色。
「……」
「ごくろうなこったな。俺がこんなヤツに協力するとでも思ったのか?」
 ルークはヴァンを指し示す。言われたアッシュも、ヴァンも何も答えない。
 そしてルークの言葉はやはり硬質で、空間に混じることは決して無かった。
「ちょうどいいや」

 もう一度、ヴァンたちの方をルークは向いた。毛先に向かうに連れ、色素が薄くなっ
ていく朱色が翻る。その光景は、皆の瞳に変に焼き付いた。


「この場所は、返す」

 彼は、嘲笑っていた。

 (嗚呼、一体何を)

   
 












 

 書き直しました。
 ちょこちょこ変わっていますが、細かいので気付いた人は凄い!!
 
 楽しんで頂ければ幸いです。
 黒ルークたーのーしーっ!!