ルークの世話係に任命されたガイが一番苦心しているのは、ルークの食事のことだった。
 帰ってきたルークは、赤ん坊よりひどい状態になっていた。赤ん坊は、何か訴えたいことがあれば泣く。空腹だとか排泄だとか、兎に角、生きるために必要なことを、大声で泣いて訴える。しかし、ルークはそれも出来ない。
 特に困るのは食事だ。排泄に関しては、おむつを履かせてしまえばいいのだ。おむつが濡れる感覚に不快感を覚えることで、排泄と言うことを意識できる。これは赤ん坊と一緒だ。あとは、泣かないルークの表情に気を配ればいい。
 けれども、食事はそうはいかない。声も出せないルークには、空腹という物を感じても、それを伝えられない。最近は少しずつ意思表示(とは言っても極々微細な物で、ガイやもう一人のお付き役でないと分からない)をするようになってはいるけれど、それを排泄なのか、それとも具合が悪いのか、空腹なのか、なんて見分けるのは難しい。

 また、難しい理由がもう一つある。ルークは上手く食事が出来ないのだ。噛んだり飲み込んだり、そういう動作がスムーズに出来ない。一度、食事を喉に詰まらせてしまったこともあった。喋る為に舌を動かすことも知らないのだから、当然といえば当然だ。けれども、最低限の欲求であり本能であるはずの食事がなかなか進まないとなると、体に影響を及ぼしてしまう。
 だからこそ、ガイは苦心している。

「…ほうらルーク、食事だ」
 ルークの食事は柔らかい物ばかりだ。具を裏ごししたスープに、パンをたっぷり浸して柔らかくする。他のおかずも細かく刻んである。舌だけでつぶせるように、という考えからだ。とりあえずは、舌の使い方を覚えさせることが始めなければならない。

 しかし、差し出された匙にルークは顔を顰めた。どうやら食べたくないらしい。けれども、ルークは前日の夜もあまり食べていない。だから、ガイも譲るわけにはいかなかった。半ば強引に匙を口元に差し出す。
「……」
 ルークの口の中に、匙の中身が入った。しかし、微かな唸り声が、ルークの喉の奥から鳴った。すぐに、ぼろぼろとだらしなくこぼれ落ちた。頬や顎を汚して、そのあと唾液と一緒に服に落ちた。ルークの顔が一層、くしゃりと歪む。

「あー…」
 やってしまった、そう思った。すぐに後悔の念が襲う。とりあえず、ルークの口元を拭かないと、思いつつナプキンを取った時、ガイの耳をか細い声がくすぐった。

「ガイさん、おはようございます」
「…あ、ああ」
 ルークのもう一人のお付き役が、いつの間にか立っていたらしい。彼女は小さくお辞儀すると、そのままルークの元へ向かってくる。それについ、ガイは離れてしまった。ガイは女性が怖い。それが例え、メイド服に着られてしまっている貧相な少女だとしても、怖いのだ。

「ルークさま、まずはお口を綺麗にしましょうね。それから、ご飯にしましょう。食べられるものですから、ね」
 言いつつ、彼女はルークの頬を拭う。ルークは最初嫌そうな表情を浮かべていたが、そのうち体を弛緩させた。その体を、彼女は細い腕で抱きしめた。

「ね、食べられますわ。ほら、ルークさま、少しで良いから、食べましょう」
 彼女はスープに浸したパン―吸い込みすぎて、もう原形をとどめずべしゃべしゃになっている―を自らの口に運んだ。ルークの丸い翡翠がそれをじっと見つめている。彼女の動きはとてもゆっくりだ。

「はい、次はルークさまの番です」

 今度はルークに差し出した。

「…あ」

 ガイの口から、一つ言葉が零れる。

「よくできましたね、」
 昔、私が好き嫌いすると母がこうして見せたのです、そう言って彼女は照れ臭そうに笑う。



 何だかひどく、恥ずかしかった。