ひどく、怖い思いをしたと思う。けれどその実、それをあまり覚えていない。自己防衛とでも言うのだろうか。でも覚えていることとしては、怖かった。

   それから、世界が暗くなった。恐怖が全てを支配した。怖くて、怖くて、どこまでも怖くて。暗闇の中だから、恐怖は一層増すだけだ。膨らんでは飲み込み、膨らんでは飲み込む。
 そして恐怖が少年の脳天から爪先を貫いた頃、少年は別のものを覚えた。

 憎らしかった。

 どうして、こんなに怯えなければいけない? 
 不可解だった。
 どうして、こんなに恐ろしい目にあわなくてはいけなかった?
 理不尽だった。


   どうして、どうして、どうして、どうして。

 憎い。
 どうして、自分が、どうして、みんなが。


   世界は暗い。



(許さない)
(許せるわけ、ないじゃないか)

 頬を伝うのは涙だ。何が伝わせているのかも分からない涙だ。生温い。生きている。けれど、嬉しくない。生きているのに、何も嬉しくはない。満たしているのは恐れと憎しみだけだ。
 顔がちらつく。断片的な記憶は少年を痛めつけるためだけに用意されたものだ。憎い。それが、憎くて堪らない。

「…苦しめてやる」

 子供には似合わない、声だった。