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世界の全てが暗闇になるのを感じた。 全てが、閉ざされていく世界。今までの全てが、檻の中に入れられ鍵をかけられる。そうしてそれは闇に沈んだ。もう光は見えない。 ずっと見ていた。 それなのに。 それに手を伸ばさなかったのはどうしてだろうか。(届かないと知っていたのだろうか) それをきちんと見たのは一度だけだった。 離されたこと、告げられたこと、それらの全て、少年からはかけ離れていたことだった。信じられるわけがない。信じたくない。受け入れられない。 嘘だと思いたかった。だって少年の中でそんなものは正しく間違っている。 (俺はルークだ) (誰でもない、ルーク・フォン・ファブレだ) 心臓が煩い。このままパンクして、ぺしゃんと潰れてしまうような気がした。 (いらない、いらない!) 瞼の裏、浮かぶもの達はもう沈んでいくものたちだ。そんなイメージが嫌で、少年は頭を振る。沈ませてなるものか、思い唇を噛む。 (俺は焔だ) 浮かぶのは優しい笑顔。名前をくれた。美しい名前を。素晴らしい、生まれた意味を、生きる意味をくれた。 それだけの為に生きていけると、ずっとずっと思っていた。 信じて信じて疑わなかった。 (灰になんてなってたまるか) それでもどんどん、沈んでいく。 足を止めた。心臓が一層煩くなる。どくんどくんと響くそれが、少年に少年が生きていることを伝える。苦しい呼吸も同様だ。 部屋は静まりかえっていた。暗い。入るのを躊躇うような空間だ。いや、拒絶しているというのが正しいのだろうか。空気が冷たく、少年を拒んでいる気がする。知らず知らずの内に唾を飲み込んだ。 白い体が横たわっていた。薄暗い中、それだけが光を放っているようにも見える。恐る恐る、ゆっくりと近づいた。カツカツという少年の靴音だけが響く。静かだ。 じっと、見つめる。 小さくて、未発達な体。それは確かに少年のものと同じだ。多分、少年が意識してみたことのない爪やらつむじやら、そんな部分まで寸分の狂いも無いのだろう。 生きているのだろうか。 わからない。 触れようにも、触れられない。体の細胞一つ一つが拒否をしている。磁石の同じ極同士が反発するようなものだろうか。少年の体は動けない。 怖い。 同じなのだろうか。 本当に、全てが。瞳も鼻筋も唇も耳も首も腕も掌も足も、髪の毛一本も指紋も、全てが同じだというのだろうか。 少年は恐怖した。 これが、これが、この先、自分を、俺に、どうして、これが。 指先が震える。そして、震える指先は無意識のうちに腰に伸びた。腰の先には、まだ不慣れな生きた刀剣がある。今までのお飾りでも玩具でもない、生きたそれはとても冷たくて、少年には重すぎる。そろそろと指先が伸びた先には、確かにそれはあった。震える指先に伝わる柄の感触は冷たい。ほとんど無意識のうちに、震える指はそれを握った。震えが止まる。 心臓が煩くなっていた。さっきより、ずっとずっと。 この空間に、不思議なことに少年は慣れきってしまった。飛び込んでしまえば、存外恐ろしいものでもなかった。恐ろしいのは、もっと別のものだ。 心臓の鼓動が止まることはない。 この鼓動も全て、等しいのだろうか。変わらないのだろうか。薄い胸の下、同じように動いているのだろうか。ぞっとした。 剣を、抜いた。 「あ、あっ…はぁ…」 音を立てて、剣が少年の手からこぼれ落ちた。地面に着地したそれは乾ききった重い音を立てて、少年の心臓の音をかき消す。 恐ろしくなった。 自分は今、何をしようとしていた? 寝ころんでいる目の前の生き物は、先程までと何ら変わらない。薄い胸は遠慮がちに上下している。生きている。 けれどこれが、無かったかも知れなかった。 足から力が抜けた。少年はその場に跪く。恐ろしかった。誰よりも、何よりも、目の前の生き物と、自分が。 どうしたらいいのだろうか。 世界の全てはもう見えない。全てが檻の中で、開ける鍵を彼は無くしてしまった。 自分がひどく恐ろしく、汚らわしい。 |