暗い底へと沈んでいく




             その台詞を聞いたとき、体の芯とも言うべきか、そんな部分が急激に冷めていくのを
            感じた。その冷たさは一気に浸透していって。






             ルークは見つめていた。彼女のやけに綺麗で輝いている瞳と、紅潮した頬を。彼女の
            金色の髪の天辺からブーツで隠れている足のつま先の爪まで、彼女は輝いている。信じ
            ている。彼女の思う理想とその美しさを。
             形の良い唇は未来への希望を歌っていた。

             ルークはそれを、じっと見ていた。





             障気の消えた空で輝く星は遠く高く、美しい。その光はルークのエメラルドで反射し
            たけれど、それ自身が持っている輝きにはならなかった。ルークのやや色素が薄い緑の
            中で、その光は鈍く輝きを変えてしまった。
            「…ルーク? まだおきていらしたの?」
             ふいに、凜とした声が聞こえた。ほんの少しだけ高くて、メッゾソプラノにはいかな
            いアルトだ。暗闇の中で、金色の髪と白い肌がぼんやり浮かんでいる。
            「…ナタリア、か」
            「あまり起きていると、明日にさわりますわ。お休みになられたら?」
             優雅にルークの方まで歩いていくと、ナタリアは微笑んだ。暗闇の中でもその笑顔は
            清潔な美しさを放っていて、ルークは目を細める。ざわざわと彼の胸の内が騒いだ。



            「…なあ、ナタリア」
             振り返って、宿へ戻ろうとするナタリアを引き留めたのはルークだった。当然、彼女
            を振り向き、呼ばれただけでは普通見せないような表情をルークに向けた。実際は、今
            彼女を呼ぶことの出来る人物はルークだけだったけれど、ナタリアはその事実にひどく
            困惑した。ルークが、自ら自分に話しかけてきたという事実に驚いたのだ。

             少しだけ、ナタリアは後ずさった。自分を見つめてくるルークの瞳は虚ろだ。そのく
            せ、瞳の奥の方は、まっすぐにナタリアを見ている。ナタリアの心臓が一度、大きく跳
            ねた。決してロマンティックな意味合いではない。そこにあるのは、純粋な恐怖以外の
            なにものでもなかった。

            「…どうなさったの、ルーク?」
             そう思ったことを後ろめたく思って、(彼だって、自分の仲間なのだ)ナタリアはゆ
            っくりと息を吐いた。自分の中に生まれた恐怖ごと、吐き出すように。煩い心臓の音だ
            ったり、自身の気持ちだったりが少し落ち着いたのを確認して、微笑みながら問うた。


            「お前、レプリカ達を保護したい、なんて言っていたよな」
             ルークは小さく唇を動かし、言った。形の良い唇が紡ぐ声色は、抑揚がなくて感情が
            読み取れない。ナタリアはそれを聞くと、二、三度瞬きをした。ルークの紡いだ言葉を
            ゆっくりと反芻する。
            「…ええ。確かに言いました」
             ゆっくりと、反芻した速度そのままに、ナタリアは言う。ルークの言ったそれは今の
            彼女の目標であり、どんなにかかろうとやらなくてはいけないと決めたことだった。何
            となく視線を合わせていることが辛くて、ナタリアは暗闇で僅かに光る、自身の形の良
            い爪を見ていた。(目の前にいる人物が、複製品という事実からかも知れない)

            「何…だよ」
            「え?」



            「保護って、何なんだよ」
             その台詞を聞いて、ナタリアはルークの顔を見た。さっきまで自分を見ていたうつろ
            な瞳は、今やすっかりと暴力的な光と気を放っている。見た瞬間、ナタリアの膝の辺り
            から変に力の抜ける感覚がした。

             怖い。

             けれどナタリアは、これを見るのは初めてではなかった。
             障気を消すとき、確かにナタリアは、皆は、これを見た。
             一万もの、複製品のこれを。





            「保護って言葉の意味、分かってんのかよ」
             急にルークは早口になった。普段からは考えられないほど饒舌に、言葉を発していく。

            「保護って言うのは、強いものが弱いものを救い出すとか、そういうもんなんだよ。俺
            らは何時、弱いって決めつけられた?」
             実質的な距離は少しも変わらないはずなのに、何故かナタリアはルークがどんどん迫
            ってくるように感じた。ルークという存在がどんどんふくれていくような気がした。ナ
            タリアの足が勝手に、後ずさろうとする。
             背中の辺りを、嫌な汗が伝った。


            「俺たちとお前ら、何が違う? 生まれ方と構成する物質ぐらいだろうが」
             けれどそれは、絶対的な境界線だ。ルークと、皆では明らかな線が引かれている。世
            界を二つに分断するほどの、線が。




            「俺たちは、お前らが手を差し伸べなくても、何もしなくても生きていけんだよ」




            「馬鹿に、するな」


             ナタリアの意識は沈んでいく。冷たい冷たい、暗い底の方へ。それはひどくルークに
            似ていた。しびれるような冷たさがあった。確実な決別を、された。
             間違っているのだろうか。助けたいと思うのも、共に歩みたいと思うのも。分からな
            かった。今のナタリアには、分からなかった。

             ただ、ルークの冷たい視線と、ナタリアの熱い目頭だけがリアルだった。

             背筋を走る感覚が、今のナタリアの全てだった。











    
 

                                                    リクエストを下さった方に、捧げます。

            ※ 転載、お持ち帰りはご本人様のみ可能です。




             ナタ→黒ルクでした。
            「ナタリアに、レプリカの保護は見下した表現だと」という台詞とのことでした。
             ここは私の趣味で、ナタ→黒ルクにさせて頂きました。清潔だからこそ、惹かれる。
             あまりナタリアと黒ルクを絡ませる機会はないので、個人的にとても楽しく、新境地
            を発見させて頂きました。
 
             もし気にくわない点等がありましたら、遠慮無くメールフォーム、bbs、拍手等にお
            寄せ下さい。納得いくまで、書き直すつもりです。

             回答と素敵なリクエスト、ありがとうございました!!