|
君の可愛い恋情に(あてさきだけが、ちがっていたので) 「ルーク、ルークは何が食べたいですか?」 ふわり、金糸を揺らし振り返る。少女は金糸に負けないほど柔らかく微笑んだ。細い手袋に覆われた指が示すのは、鮮やかな色を放つ野菜や果物だ。光を浴びて、瑞々しく光り輝く。それを見て、ルークは眩しそうに目を細めた。 「どれが食べたいって言っても、ナタリアがちゃんと作れるかが問題だけどな」 くすくす、おかしそうにルークは笑った。抱えられた紙袋には、溢れんばかりの野菜や果物が詰まっている。ある場所は違っても、それらは先刻同様光を放ったままだ。 「まあ、そんな口をきいて! わたくしだって、随分上手になったんですから」 不服そうに口をとがらせ、そうぶつぶつとナタリアは零した。前衛的な料理の腕前(実際は破滅的、と言った方が正しいかもしれない)の持ち主も、本人の言うとおり最近は上達した。とは言っても元が元であったから、上達してもまだアニスやガイのように上手、とはいかない。それを知っているルークは、くすくすとまた笑った。 最近、皆の様子がおかしい。 それに今朝、ナタリアは気付いた。ふと見れば皆、視線が低くなっているのだ。まるで沈痛な面持ちで、頭を軽く垂れている。誰かが何を言っても、それに返すために浮かべる笑みはどこか寂しく虚ろだった。 それを、何も言えない。なんと表現して良いのか分からない。誰もが、意識の奥底でお互いを探り合っている。暗く、暗く。どろどろと淀んでいる。胸が詰まるようで、思わずナタリアは宿を飛び出した。 唯一自分の他に頭を垂れていなかった、ルークを連れて。 今日の食事の材料を買って、いざ台所に立つ。そうするとナタリアの全身に僅かな緊張が走った。普段から正しい姿勢がさらに正しくなった。その隣に、少しの苦笑を浮かべるルークがいる。 ナタリアは手を洗うと、買ってきたじゃが芋の皮をむき始める。綺麗に薄く皮だけ、なんて器用な真似はまだナタリアには出来ない。実を付けた、厚めの皮がとぎれとぎれに剥かれていく。それも途中でぼとぼと落ちた。ルークは、それをじっと見つめていた。 「…ナタリアも、いつかそうやって子供に作ってやるんだろうな、料理」 一個目のじゃが芋をナタリアが剥き終わった頃、今まで口をつぐんでいたルークがふいに口を開いた。翡翠は、ナタリアの白い手を見つめていた。細い指先は少し赤くなっている。 「ええ…出来たら、素敵ですわね」 二個目のじゃが芋を手に取り、ナタリアは言う。ゆっくり、かみしめるかのように口にした。噛み締め終わった後、ナタリアの胸に小さな柔らかな灯がともる。あるビジョンが脳裏に浮かんで、ふっと柔らかに消えた。 「ナタリア」 透き通った声が、ナタリアを呼ぶ。同じ声のはずなのに、ナタリアにはあの人とは随分違うものに聞こえる。それに、彼女は包丁を扱う手を止めた。なんとなく、しっかりと聞かなくてはいけない気がした。いつもと違う響きではないのだけれど、多分それは女の勘というやつだ。 「お前が好きなのは、アッシュなんだから」 まるで小さな子供を諭すような口調で、ルークはしゃべり出す。そのルークが紡いだ台詞の中の単語が、ナタリアの手と同じく白い耳朶を紅潮させた。 「俺には何にも、くれなくていいよ」 ナタリアの肩が一度大きく跳ねた。ゆっくりルークの方を振り返る。ルークの視線はもうナタリアを見ていなかった。じゃが芋から離れてごみとなった皮たちを見つめている。ルークはそのまま続けた。 「もう今まで貰ったから、もう、何にもいらない」 「だってそれ、もう俺のじゃないだろ?」 何か言う事なんて、出来るわけがなかった。 ナタリアとルーク。 恋を貰って宛先間違い。 |