望むのと望まないのでは百も違う


 ジェイドが面白いものを見せてくれた。
 顕微鏡、とかいう実験道具を使って。そのレンズを覗いてみたら、わけのわかんねえ
生き物がいっぱいいた。 そのくせうねうね動いたりを繰り返したりで、こんなのでも
やっぱちゃんと生きてるんだな、と思ったら少しだけ嬉しい。



「…あ、アッシュ、お帰り」
 帰ってから、らしくもなく自室に大量の本を持ち込んでいたルークは、開けっ放しの
ドアからアッシュが見えると声をかけた。とは言っても、最初アッシュの姿を見受けた
ときだけ向けていた視線は、今や分厚い本に向けられている。
「…何をしているんだ」
 珍しい、あり得ないといった視線を向けるアッシュをいないもののように、ルークは
本に視線を向け続ける。首を読む場所に動かすのは真面目だが間抜けだ。

「研究」
 ぶっきらぼうにルークは答える。説明するのも面倒くさいぐらい夢中なのだろう。手
に持たれた本は年季が入っているらしく、一ページ一ページ黄ばんでいる。ツンと鼻を
指す匂いがそれから発生されているのも、その証拠だ。
「なんのだ」
「ビセーブツ」
「は?」
 素晴らしく棒読みで発音された言葉はどこまでもテキトウで、アッシュの脳内に意味
を分からせるには正直ふさわしくなかった。聡いアッシュが理解するまで時間がかかる
くらいには。
 ビセーブツ。びせいぶつ、微生物。
 三回反芻して、やっと理解。

「こいつら、タンサイボーセイブツって言うんだって。ケンビキョーで見なきゃわかん
ないくらいちっせえの。こいつらは、ブンレツを繰り返して数を増やすんだってさ。ぶ
んれつは、もとが一個の奴から分かれるから、スンブンノクルイナク、サイボウが一緒
になるらしいぜ?」
 アッシュが何回も習ったであろう知識を、それぞれ専門用語を微生物と同じく棒読み
で発音しながらつらつらと並べる。正直、頭は良さそうでない。同じ言葉を並べる度少
しずつ発音は良くなるが。
「何だか、さ」
「何だ」
 心底どうでもいいというように、アッシュは返す。アッシュは自分が今まで習ってき
て吸収した知識を、必要以上に復習することは好まない。古い知識より、新しい知識を
好むのだ。

「レプリカみたいだよな、こいつら」
 紡がれたその言葉は、知識とは何も関係ない。
 けれど、聞き逃すことはアッシュには出来なかった。いや、本当はしたかったのかも
しれない。それでもアッシュの体が、それこそ反射と同じく意思には関係なく反応した
のだ。
「同じさいぼうで、同じ形」
 ルークの言葉はやっぱりテキトウで、決してその言葉を発するのにふさわしい発音で
はない。それでもなめらかにするすると紡がれていく言葉は、どこまでもどこまでもリ
アルだった。生々しくて、言葉にも肉体がついているのかと思うほど。

「でも、違うのは」
「こいつらは望んで、同じ細胞の存在をつくっている」
 やっと、サイボウという言葉がふさわしい発音になった。けれどそんなの今のアッシ
ュにはオブラートの所為で分からない。

「被験者はそんな存在、望んでなんかいない」

 その生々しさは、確実にアッシュを浸食する。喉元を締めつけた。心臓の動きを止め
ようとした。

「誰も、望まないんだよ」


 この生々しさが、ルークという存在の気がした。
 アッシュの喉元からは、ふさわしい発音で紡がれる言葉どころか、テキトウな発音で
紡がれる言葉すら出てこなかった。