とっておきのくすり 育児が始まって三日くらいは大変だった。なにせ年下は周りにいなかったし、赤子な んてこんな身近でみたのはほとんど初めてだった。 けれど自分の幼い頃から知っているペールや、比較的年を重ねたメイドに聞いたりし ているうちに、だんだんと慣れてきた。 もともと要領は良かったし、器用だった。それにプラス若さと面倒見の良い性格が幸 いして、あやすのもお手の物になっていた。 「赤ん坊は泣くのと寝るのが仕事」その言葉通り一日中泣いて寝ているルーク。 体は小さいくせにぐずるのはひどくて、すぐに泣いてはガイを呼ぶ。赤ん坊とはそう 言うものらしいが、おむつやミルク、だっこのサイクルがめまぐるしい。 特にルークはおむつやミルクのほかに、だっこしてほしいとよく泣いた。しかもそれ がガイやアッシュじゃなければいけないのがまた大変だが。 赤ん坊は本能的に異性が好きだと聞いたが、それは本当だろうかと思う。 まあ、母親がいれば別なのかも知れないが。 確かに泣くがひどいときはさすがのガイも疲れたが、ルークは可愛らしかったし、体 力はあったので、存外苦しくはなかった。 むしろ、充実感や満足感の方が一杯で、どんなにルークが泣いても一度笑ってくれた だけでガイの胸はいっぱいになった。 一応ファブレ伯爵が何人かのメイドに「ガイの手伝いをするように」と言って聞かせ たが、おむつの取り替えからミルク、お風呂に寝かしつけ、ぐずるルークをあやすのも ガイが一人でこなしていたし、何より赤毛の赤ん坊、ルークはガイ、それからアッシュ にしかイマイチなつかず、理由もなくぐずるとき、その二人以外があやそうとすると一 層泣くのだった。 びえぇぇぇぇぇぇん!! ガイがリネン室にタオルを取りにいっていると、ルークの泣き声が聞こえてきた。 「ルーク!!」 スイッチが入ったようにガイは走り出す。なにせ、あやせるのは彼とあと一人しかい ないのだから。 目的の場所の目の前までいくと、驚くことに泣き声が止まっていた。 何事かとそっと部屋をのぞき見ると、そこにはルークよりこい赤毛の持ち主がいた。 (アッシュ…?) 確かこの時間はヴァンとの剣術修行じゃなかったろうか。けれど、確かにかれはそこ にいる。 「泣くな、ルーク」 ベビーベッドにいるルークは見えないが、アッシュが手を伸ばしているのを見る限り では、ルークを撫でているのだろう。ルークの僅かな笑い声が聞こえる。 そしてアッシュの顔もまた、横顔だが穏やかに笑っている。心底、幸せそうに。 (何だよ…。素直じゃないなぁ) おそらくいつもガイがいるので、弟に近寄りづらかったのだろう。アッシュも10歳 の子供だ。弟が可愛くないわけなんてない。 くすくす漏れる笑みをそっと抑えて、今来たかの如く自然に声をかけた。 「アッシュ、ルークあやしてくれたのか」 声をかければ、今まで穏やかだった顔が一変し、眉間に皺が寄せられる。 「…来るのが遅いぞ、屑」 屑なんて何処で覚えてきたんだか。そう苦笑しつつ、タオル片手にルークのいるベビ ーベッドのもとへいき、ルークを抱き上げる。 「ごめんなぁルーク。遅くなって」 抱き上げてあげれば、ルークは幼いながらも笑い声をあげる。ガイはこの瞬間がたま らなく好きだった。 家族を亡くしてからの喪失感が、新しく生まれた命によって、満たされていく。傷は 決して消えることはないが、それでもルークは、ガイのなかを満たしていく。 無垢な笑顔、小さな手、笑い声。たまらなく愛しい、小さな命。 今一番ガイにとって大事なのは、ルークの存在だった。まるで、母親が我が子を思う ように、ルークが大切だった。本当の家族みたいに。 居心地悪そうにしていたアッシュを横目で見て、そっとルークを渡す。 「ほらお兄ちゃん。可愛い弟が遊んで欲しいってさ」 戸惑いながらもアッシュは、壊れ物のようにルークを大切に抱き上げる。 その顔は照れくさそうではあったが、やはり穏やかだった。 ガイの孤独を溶かすように、アッシュのアッシュにしかわからないわだかまりをルー クが溶かしていく。たった一人の無力な赤ん坊が。 こうやって、自分達の間のどうしようもないつっかえを、ルークが溶かしていくのか もしれない。 そう期待とともに思いながら、ガイはアッシュと同じようにおだやかに笑った。 ガイさますでに親ばかの道を進んでいます。赤子ルークにメロメロです。 ようやくアシュルク兄弟っぽく…!!屑は常に言っていて欲しい。