願い事ひとっつ 朝、日差しや雨の音を浴びて目が覚める。窓越しに今日の天気を確認して、頭が目覚 めるまで、シーツの中で少しだけぼーっとする。 少しずつ頭が覚醒してきたら、起きあがってリビングに向かう。近づくに連れ、鼻腔 を朝食の良い香りがくすぐり、耳には聞くだけでお腹が減りそうな料理の音が聞こえて きた。そして幸せだなんて思ったりする。 「おはようございます」 「おはよう、ノエル。まだ寝てても良いぞ?」 「いいんです。目が覚めてしまったから…」 「そっか」 心配そうな表情を浮かべたルークも、ノエルが弁明してやれば、ほっとしたような、 にっこりとした笑顔になった。それがたまらなくノエルには嬉しい。 この笑顔を見るのは、何回目だろうか。 二年間、待っていた。そして帰ってきてくれた。彼の片割れと。見た瞬間、どうしよ うもなく涙と幸せがこぼれ落ちた。空いていた空虚がやっと、無くしていたパズルのピ ースをはめるように埋まった。 その数日後、ノエルは彼に会いに行ったのだ。どうしようもないほどの幸せと喜びだ けで満たされた心のままで。その心は宝箱。きらきらしたもの、ふわふわしたもの、あ たたかなもの、素敵なものは全部つまっている。これを与えてくれるルークの存在が、 ノエルには嬉しくて愛しい。 そしてそのまま、気付けば告げていたのだ。 「好きです」 なんて少女文学でお決まりの告白台詞を。 けれどもルークは、顔を真っ赤にして告げてくれたのだ。 「俺も…、その、ノエルが、好きだよ」 待っててくれて、すんげー嬉しかった、と。 宝箱はきらきら光る。先刻よりもっと光を放って。蓋が開いてはノエルとルークを包 み込んだ。 小さな小さな、誰も知らないような静かな教会で結婚式を挙げた。あの旅の仲間達を 呼んで。みんな笑ってくれた。少しだけ、複雑そうな笑顔の人もいたけれど。 幸せを誓って。罪を背負うことも誓って。それでも二人で歩いていこうと。 最初はノエルが朝食を準備して、朝に弱いルークを起こしていた。そしたら、ルーク が「ノエルはアルビオールで仕事してるんだから、俺が家事をやる!」と真顔でノエル に告げた。 頑張って早起きをして、まるで子供のように。慌ただしく危なかっしく料理を作る。 おままごとのような結婚だと思う。 不器用な子供同士の、甘いものだけで出来ている理想。 でもそれが幸せだと思う。溺れて酔ってしまいそうなほど。いや、もう酔っている。 この甘さがなければ死にそうなくらい。逃げられない中毒。逃げようなんて気は、さら さらないけれど。 死ぬときは、この甘さに溺れたままがいい。 焼きたてのパンをかじると、サクサクと小気味良い音が鳴る。少し甘さを含んだパン 生地がノエルは好きだった。素朴な、ルークに似た雰囲気。作り手に似るのだろうか、 なんて笑ってしまう。 「ルークさん、やっぱり料理上手ですね」 「…ありがとう」 頬を赤く染め、自身も椅子に腰掛け、「いただきます」と手を合わせる。その様子は 自分が「奥さん」なはずなのに、なんだか「夫」の彼を「奥さん」と思わせる。それも ルークの一生懸命さがそうさせるのだろう。もう一度、ノエルは笑った。 朝食を食べ終わった後、掃除をしたり花に水をやったり。ルークはせわしなく動く。 洗い立てのシーツやタオルを干したり。ルークにいいよと言われたけど、ノエルもそ れを手伝う。 一通り終わった後、ルークは少し苦しそうな笑顔をした。ノエルも同じように少し苦 しそうに笑って頷いた。 晴れた空は何処までも澄みきって眩しくてどこか悲しくさせる。 乾いた地面を踏むたび、同じように乾いた音が鳴った。ルークは、一定の場所に来る と足を止めた。アルビオールから少し遅れて降りたノエルは、何分か後にルークの二三 歩後ろに来て止まった。 腕に抱いていた花束を、ルークはその場所に供える。あまりに痛々しい爪痕が残るそ の場所に。そのまま手を祈るように会わせ、瞼を閉じた。ノエルも同じように祈った。 一週間に一度は、ここに来る。 そうしてこうやって祈る。…贖罪なのかもしれない、自己満足なのかもしれない。け れどルークの姿があまりにも綺麗で悲しくて、ノエルには祈るとしか思えなかった、自 己満足だなんて思えなかった。 結婚式の後、一番に此処に向かった。ルークは泣きそうに顔を歪ませて笑った。 「幸せになっちゃいけないんじゃないかって、今でも思うんだ」 「…でも、今俺は幸せで、もっと幸せになろうとしている」 「…アグゼリュスの人たちは、きっと俺を許せない」 「だから」 「ごめんなさい」 そう言って頭を垂れた。 ノエルの内を、まるでルークの悲しみが移るかのようにじわじわと悲しみが焦がした。 「…じゃあ、私も謝ります」 気付けばノエルの瞳から、涙がボロボロこぼれていた。悲しみがルークから移ったは ずなのに、移した張本人ではなく、ノエルが泣いてしまった。おかしな話だとノエルが 思っても、涙は彼女の瞳から勝手にボロボロこぼれ落ちていくのだ。 「…どうしてだ?」 「だって、だって」 「私はルークさんが幸せになってくれて嬉しいんです」 「だから、その人達が幸せを望んでなくても、私はルークさんの幸せを望むから」 「ごめんなさい」 涙をこぼしながら、頭を垂れる。嗚咽が漏れては、ノエルの肩は震える。 その姿を見て、ルークは悲しそうに笑い、恐る恐る震えるノエルの肩を抱いた。 「ありがとな」 「俺、ノエルを好きになって良かった」 くしゃくしゃの涙にまみれた笑顔で笑った。 ルークは祈る。何を祈るかなんて、ノエルには見当もつかない。 ノエルは祈る。いなくなってしまった人の心の幸福を。 そして何より、自分勝手な願い事を。 どうか、どうか、この人が幸せになることを許せないとしても 私からもう二度と、誰も この人を奪わないで ノエルの願いは、この地に足をつけている誰にも届かずに、青すぎる空に消えた。 六月なので新婚ネタ。といいつつ六月にアップできなかった畜生です。 前半の幸せそうな空気と後半の微妙に薄暗い空気が書けて満足。 男女カプならノエルクが一番好きだ。 というかルク受けなら多分パーティメンバーじゃない人とくっついた方が幸せになれ ると思う。(アッシュ含め) なんというか。どうしてもパーティメンバーとだと暗い話が多くなります。 そしてこんなことを考える私は歪んでいる。