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ルークが気だるそうにベッドに横たわっていた。白いシーツには朱色がよく映える。大きな窓から差し込む光は一層その朱を輝かせた。ガイにしてみれば見慣れた光景。けれどもあの頃のように朱に長さはないし、二人の間の色々なものは変化していた。今だって、変化し続けている。 「ルーク」 ガイが呼べば、ルークはゆるりと振り向いた。ガイを映す翡翠は蕩けていて、ああまたなのかとガイは思う。じわじわと痛む胸を無視して、口角を持ち上げた。 ルークたちはどんな状況であっても、定期的にバチカンに顔を出すようにしている。勿論ルークの為でもあるけれど、ファブレ夫妻の為という方が大きい。提案したのだって仲間ではなくルークなのだ。それを告げたときの笑顔を、ガイはまだ覚えている。無理やり繕ったような笑顔なのに、涙の気配すら感じさせなかった。あれほどまでに美しいものを、これから先何度見ることができるだろう。 (本当は、この先お前がいれば何度だって) そしてそう思う自分に吐き気がするのだ。 本当は、ガイはあまりここに来たくない。ガイは他の仲間たちとは違うのだ。同じくここに馴染みのあるナタリアだって、ガイとは違っていた。ガイはまったく別の意味を持っていたのだ。ずっと前からいたこの屋敷。ルークの箱庭で、ガイの舞台。そこで上手に演じきるつもりだった。人好きされて、よく働く召使。最後の最後にそれを脱ぎ捨て、念願を果たすつもりだった。ガイはそうするつもり、だったのだ。 (ひきとめたのはお前で、だから、俺は) 何も知らないかわいそうな子。言葉も心も投げ出して、全てをガイに委ねていた。それがどんな形であれ、どれほどまでにガイの心をひきとめたことか。どれほど伝えたってルクは理解なんてしないだろう。舞台を砕いたのはルークだった。仮面を剥いだのもルークだった。例えガイが役割全てを捨てきれなかったとしても、ルークだったのだ。 けれども、どれほどまでにそれが尊いことか伝えたって、やはりルークは知らん顔するのだ。ガイの方が、俺を救ってくれただろ、言って笑う。それを見るたび、ガイは親不孝者めとルークを罵ってじゃれるのだ。罵られたルークといえば、くすぐったそうに笑う。拒絶も否定もしない。例え本当の親ではなくても、自称するくらいは、ルークに拒絶されない限りは許してほしい。ずっと並んでいたのだから。 「ルーク、そろそろ昼食だからな」 「ああ、ありがとな」 言ってルークは寝返りを打つ。向けられた背中が余所余所しいように感じるのは、ガイが悪いのだろうか。 (だから、嫌なんだよ) ここはガイの舞台だった。そしてルークの箱庭だった。そして両方を仕上げたのは、ヴァンだった。 だからこそ、ガイはここに来たくない。否、ガイが来るだけならばまだいいのだ。ガイが一人で延々と思い悩んで、罪悪感と後悔の念に苛まされればいい。ヴァンへの怒りを腹の底で燻らせればいい。その方がガイにとっては幸せだ。 けれども、ガイだけではなくルークがいる。ガイにとって、それが何より嫌だった。作り上げた箱庭。ルークを取り巻く歪みが作り上げたように思われるそれは、実際は他の誰でもない、ヴァンによるものなのだ。ヴァンの為に作り上げられた、ルークの箱庭だ。箱庭にはヴァンが染み付いていて、消えることはない。それはそのままルークにうつった。 ここにくれば、ルークは思い出し、思う。彼のことを。ルークの部屋でも、玄関でも、長い廊下でも、庭にも。それらすべてに彼との思い出がある。だからふとした瞬間に思い出し、それを繰り返す。ただひたすら一心に。あの頃と同じように盲目的に。誰が何を言ったところで、やめられるわけがないのだろう。 今だって思い出しているのだと、十二分に分かってしまうから、ガイは一層苦しくなる。ヴァンを見つめるルークの瞳なんて、それこそ飽きるほど見てきたのだ。ヴァンの名前を呼ぶルークの声だって、耳にタコができるくらいに聞いた。唇の形だって忘れられない。あまりにも美しく、すべてが愚かだった。 あの思いで蕩けた瞳を、今どこにいるとも知られないヴァンに向けているのだろう。今の彼は、ルークに都合のいい、あの時の彼ではないのに。 「ルーク、」 ガイは徐にルークの背を抱きしめる。むき出しの腹に触れれば、鍛えられたせいで昔のように柔らかくはない。けれども変わらず温かった。こんなにも温かいのに、そのもととなるのは第七音素だという。未だにガイはすべてが夢なのでは、と思うことがある。そしてそれは同時にガイの願いでもあった。 「なんだよぉ、ガイ」 くすぐったそうにルークは笑う。首を捻って向けた笑顔は無邪気を描いたようだ。ガイの記憶と重なる。まだルークの輪郭が丸みを帯びていて、腹も柔らかかった頃、ルークは夜中に「お腹が痛い」と言ってぐずぐず泣いた。その頃はただ単に腹を壊しやすかったのだと思っていたが、今考えればストレスのせいだったのかもしれない。かわいそうな子供だと周りから同情され、同時に見下されていて、それをなんとなく理解出来るようになっていた頃だった。その度ガイは蜂蜜を入れたホットミルクだとかココアだとかを自分の膝の上で飲ませて、ルークが落ち着くまで腹をこうやって撫でていた。 (せんせいにあいたいよぅ) 途中でそうぐずることもあった。そのときのガイの気持ちといえば、何とも形容し難かった。今なら答えは出せるのかもしれないけれど、それがあっていると言える自信はない。 (ルーク、俺は) わざとへそ周りとか脇腹をくすぐってからかいながら、ガイは思う。言いたい言葉は舌の上にも乗ってはくれない。 (お前は、) こんな風に、ルークが思うのも、ガイが思うのも、きっとその所為なのだ。 (実らないさ、だから、だからこそ) はじめてだった。 スタートボタンを押されたばかりのルークにとって、ヴァンは。自分に優しくて、導いて、眩しくて。ヴァンの望むまま、ヴァンははじめてになった。 ガイにとっての、ルークも。ガイの健やかな時期はそれを知るには早すぎたし、そのあと女性は恐怖の対象に移り変わった。何よりも憎しみが原動力だった。そのなかでガイを変えたのが無邪気で愚かすぎるルークだった。そうしてはじめてになった。 はじめてははじめとして位置づけられて。 (ああ、俺もお前もなんて馬鹿なんだ!) 濁らず、そこにありつづけるのだ。 ネタはあったのにずっと書ききれなかった作品ですが、ようやく仕上げられました。 スランプとはやはり恐ろしい…。もそもそ書いていきたいと思います。 |