僕が殺したのは誰だったか 絶対的な信頼は今になっても消えはしなくてそれを自分の内に見つけると、自分はや はり最低なのだと思い知らされる。 けれどあのとき世界のすべてはあの人だった。何時だったか本能的に気付いた哀れみ のみが駆けめぐる世界で、哀れみや小馬鹿にした視線を向けず、自分を「前のルーク・ フォン・ファブレ」と見なかったから。 あの屋敷は年がたつにつれ、好きになれなかった。 多分、自分が何時か気付いた世界に影響している。 母はことあるごとに「可哀想に」を連発し、父は自分に興味がないように見えた。 媚びへつらうメイドたちのニセモノの笑顔が嫌いだった。 記憶を失った子供には分かるまいと言う、来客や使用人真っ黒な小言が嫌いだった。 自分を見るたび「はやく思い出して下さい」という婚約者が、いつかからか煩わしいと 感じるようになっていた。 どうやって思い出せと言うのだ。自分が望んでも記憶が帰ってこないのに。煩わしいと いう感情はどこかで音を立てて広がっていった。優しい記憶をかきけすように。 この幼なじみが好きなのは「俺」ではなくて、「前の俺」なのだ。 そう思うと心苦しくて痛くてどうしようもなかった。 母も父もメイドや使用人も婚約者も「前の俺」しか見ててくれなかったから。 結局何時までも追い求めているのは前の俺だと分かったから。 自分は頭のてっぺんから足のつま先までキチンとあるのにそれでも「可哀想」といわ れるから嫌だった。足りないのは脳味噌なのだろうか。 でも「可哀想」とは言われるのは嫌だった。「今の俺」を頭のてっぺんから足のつま 先まで全部否定されるようだったから。 「前の俺」が好きなら、「今の俺」なんて捨てちゃえばいいのに。ある日年の近い使 用人だけど、友人というに近い人が俺の枕元で読んだ、お伽話を聞いて思った。 育てられないから親が子供を捨てて、その子供は新しい両親に拾われて貧しくても幸 せになるという話だった。 そうすればきっと俺もきっとこのお話の子供みたいに幸せになれるのに。 素直に「とうさん」「かあさん」と呼べるのに。 お金が無くてもずっとぎゅっと抱きしめてもらえておはようやおやすみのキスを貰え て「可哀想」じゃなく「大好き」が貰えるのに。 捨ててくれればいいのに。 そしたらある日「師匠」がきた。久しぶりらしいけれど、俺は覚えてないから「初め まして」だった。 いちばん最初ににっこり笑って、「これから一緒に頑張ろう」と言った。 師匠は「可哀想」は一度も言わなかった。それが嬉しかった。 此処にいていいのだと思えた。「前の俺」のことは一言も言わなかった。 「今の俺」でいいんだと言ってくれた。 ああ師匠大好き!!何度も何度も思った。きっとこの人がお話の中の「大好き」を山 ほどくれる人なのだと、俺は舞い上がった。何時かきっと俺をこの空っぽな場所から救 い出してくれるのだと信じていた。 師匠の前だけでは素直になれた。俺を俺だと認めてくれたから。 年をとるにつれ広がっていく煩わしさとは正反対に、師匠のことはどんどん好きにな っていった。血のつながっているはずの家族よりずっと。 けど他の人の前だと無理だった。虚勢を張らなきゃ、「可哀想」しか言って貰えなか ったから。我が侭を言って、どんな形でいいから、きっと俺を見て欲しかったんだ。無 意識に。「前のルーク」ではなく、どんな形であれ、「今のルーク」を。 そしてこのざまだ。 結局俺は「今のルーク」どころか、「ルーク」ですらなかった。 只の…人形と一緒の…存在。 嗚呼どうしようもなく、俺は「愚かなレプリカルーク」なんだ。 きっとずっとこれからも変わらないんだ。 変わりたいと願うのに変われない。 強くなろうと思うのにどんどん弱くなっていく。 「俺」は「俺」になりたいのに。 血まみれの手は、自分の髪の色に似ていた。 俺が殺したのは誰だったか。 俺が殺したのは、自分だったか。