優しさ甘え



 セントヴァレンタインデイ。
 いわゆる恋せよ乙女な方々の祭典であり、また戦略等が飛び交う戦場でもある。自己満
足だったり、両思いの人に渡したり―。どちらにせよ、今現在の藤林しいなには関係ない。
(渡したいアイツにはいつも可愛いあの娘)
(他の奴らには義理でもあげる気がおきない)
 そこまで思って、溜息を吐いた。

 旅の所為で少々傷んだ髪を、軽くかき回す。あちこちからする甘ったるい匂いでむせか
える気がした。脳味噌も溶ける気がする。甘いものは嫌いではなく、むしろしいなからす
れば好きの部類に入るものだが、今だけは遠ざけたいものの一つだ。
 脳味噌が本当に溶けてきたのか、クラクラしてきた。目眩がしいなの脳味噌をかき回す。
 一刻も早く宿に帰ろう。
 そうすれば、甘い匂いから逃げ切れる。が、思考をもっと遠くにとばしてみる。アイツ
がいるのだ。可愛い可愛い天使のような彼女と、今頃仲睦まじくチョコレートを分け合っ
ていることだろう。そう考えると、宿に戻る気が一気にしぼんで、数秒もたたないうちに
完全に消えた。
 再び、思案。時間をつぶすのにも、こんな状況じゃそれすらおっくうだ。

 適当に腰掛け、なるべく外に目を向けないように心がける。目を向ければピンクや赤の
ハートが飛び散っていることだろうから。昼寝でもすれば時間もつぶれるだろうか。思い
つき、却下。それを実行するまでの時間を考えたらくだらないし、もしかしたら昼寝自体
出来ないかもしれない。うんざりし、その思いのままゴロリと寝っ転がる。
 正直言って、だらしがない。そう見られて当然。でも、どこかそれを望んでいるしいな
自身が、彼女の中にいる。

 もう一度溜息を吐こうとした瞬間。

 しいなの口内に何かが転がり込んだ。


「―!!」
「どうよしいな、美味い?」
 へらへらとした笑みと共に現れたのは。
「こ、こむのあふぉみこお!!」
 口内になる物体の所為で上手く罵倒できない。本来なら、「アホ神子」と言いたかった
のに。そう、彼はずば抜けた美貌と良く回る口の持ち主、ゼロス・ワイルダーだ。
 そして彼が彼女の口に入れたのは、今彼女が最も見たくないものナンバーワンをぶっち
ぎりで独走中のチョコレートだ。
「どうしたのよ、そんな浮かない顔して」
 小首をかしげるゼロス。起きあがりつつしいなはチョコレートをを必死で飲み込み、咳
払いをした。器官にでも入ったらしく、喉が焼けるような気がした。生理的な涙が目尻に
溜まる。
「な、なんのつもりだい!! 吃驚するだろ!」
「俺様からのヴァレンタイン・チョコレートvv」
 しいなの怒号に、語尾にハートのオマケ付きでゼロスは返す。
「…アンタ、やっぱり阿呆だろ」
 いんや、と彼はいい、続けた。
「俺様が阿呆ならしいなも阿呆だろー」
「なっ!!」
 しいなの頬が、みるみる熱くなる。ゼロスの瞳がいつもと違い、呆れたような、軽蔑し
たような色を持っているのを見たのだ。思わず拳をぎゅっと握った。
「なんでアンタに言われなきゃないのさ…!!」
 声が震え、それが体中に伝染する。こらえようとしても、まったく体は聞かない。
「お前、ロイド君に言わないじゃん」
 聞いた瞬間、心臓がつぶれる気がした。
「でも、鈍いロイド君も悪いと俺様思うけど。でもお前も言わなきゃ駄目でしょうが。見
ててイライラする」
 痛い。何でそんなことを。
「…!!」
 激情のままに、しいなはゼロスの喉元を掴んでいた。頬も、手のひらも、ゼロスの喉元
も、熱い。
(何で、アンタに。その口で、アイツを馬鹿にしないで。そんなこと、言わないで!!)

 喉元を掴まれようと何も言わないゼロスが、優しい気もしたけど、恨めしかった。しい
なの心臓はじくじくと刺されたようだった。痛くて痛くて、仕方ない。本当はしいなも分
かっているのだ。言わないのが、悪いと言うことも。言わないくせに分かって欲しいだと
か、振り向いて欲しいだとか思っていることが馬鹿馬鹿しいと言うことも。でも、それを
他人に指摘されると辛かった。

―何をしたいんだろう自分は。
―こんなの、八つ当たりだと言うことぐらい、分かっているのに。
 なのに、彼女の思いとは裏原に力はこもるばかりだ。生々しい音がなる。彼を殴れもし
ないのに。こんな時だけ、体は心より素直だ。しいなは素直にそう思う。それはあんまり
素直すぎて自分の体ではない気がした。彼女はいつも意地っ張りだから。どうしようもな
くて、何故か涙だけが彼女の瞳からボロボロこぼれた。
 
「何さ、アホ神子のくせにさあ…」
 言葉を発した瞬間、まるで糸が切れた操り人形みたいに、急に体全体の力が抜けた。へ
たりと力がぬけた足が、小刻みに震える。それがまたしてもどんどん伝染し、ついには声
まで震えてきた。格好悪い、無様だとか、彼女の中でまた誰かが侮辱した。
 ぼろぼろこぼれる涙もぬぐえずにただただ泣きじゃくっていたら、赤髪の青年は彼女の
頭にポンと手を乗せた。
 しいなはそれに驚き、泣き顔のままで彼を見上げる。

「…え?」
「あの、さ。なんつーか…俺様も悪かった」
「えと、そのゼロ…」
「でもよ、お前もそんな泣くほど好きなんだからよ。もう少し素直になってもいいと思うぜ」
「え…?」
「そんだけ好きなんだろ。ロイド君のこと」
「だったらもう少しアタックしてみろよ。お前もとは悪くないんだし」
 最初、何を言っているのか分からなかった彼女も、そのうちに表情を取り戻した。思考回路
が整理されていく。
「お、応援してくれるのかい…?」
 ゼロスは軽く起きあがり、曖昧な返事をしつつ大きくのびをした。
「ま、そんなとこかもしんねー」
「…あ、ありがとう…」
「!!」

 彼の顔がまるで豆鉄砲を喰らった鳩のようになったのを見て、彼女は首をかしげた。
「ど、どうしたんだい?」
「しいなが俺様に礼を言った…! 今日は隕石が落下してくるぜ〜!!」
「黙れアホ神子!!」
 いつも通りの彼女の拳。それを喰らって彼が切ないような、嬉しいような表情をしていたのを
彼女は見ていなかった。彼女が不機嫌そうにふくれたのを見て、彼はいつものように少々品のな
い笑い方で笑う。 
「あ、そうだ」
 といいつつ彼女がどこからか取り出したのは綺麗な包装紙に包まれたものだった。
「ん〜? 何だそれぇ?」
「チョコレートだよ。本当は…渡したかったんだけどさ。美味しそうだし、一緒に食べちまおう
よ。ね」
「!! おいお前それ…!」
「いいんだよ。アイツはあの子と一緒だろうし。それに、お礼だよ」
 少々顔を赤らめつつ、しいなは包装紙を解く。ゼロスはあっけにとられた様子でそれを見てい
ることしかできなかった。

「いただきます。ほら、アンタも」
「あ、ああ。いただきます…」
 彼女はひょいっと大粒のトリュフを口に放り込む。そして、
「ん〜〜〜!! 美味しい!!」
心底幸せそうに微笑んだ。それを見た彼も口に放り込む。
「ん! 美味い!」
 口の中のそれは口の中でほどよくとろけ、かつ上品でしつこくない甘さだった。思わずゼロス
の口元も緩む。
「へへん♪ もう一個vv」
「あ! ずるいよゼロス!」
「何だよ、食っていいって言ったじゃん」
「ペースが早いんだよ! 第一コレはあたしが買ったんだよ!」
「何い? お礼じゃなかったの〜?」
 嫌みったらしく言うゼロスに顔をしかめ、自分も負けじと一気に二個、口に運ぶ。
「ああ! テメエ!」
「ふーんだ。はやいもんがちだよ♪」
 そのうち、なんだかくだらなくなって声を大きく上げて笑い合った。


後日。
「え!? しいなチョコくれんの!?」
 しいながチョコを渡す予定だった彼は、少し遅めのヴァレンタインチョコレートをもらって、
嬉しそうに笑った。
「ん。遅れてごめんよ。みんなにあげるのだけどね。はい、コレットも」
「わあ! ありがとうしいな!!」
 そのうち、彼女がみんなに渡した後に、
「ほら、アホ神子。」
赤髪の彼に向かって、チョコレートの入った箱を乱暴に投げた。
「ありがたく受け取りな」
「お、おお」
 ゼロスは、困惑した表情で慌てて受け取った。

 そして数十分後、彼が部屋に帰ってそれを開けたとき。
「〜〜〜〜! たくっ!やってくれるぜしいなのヤロウ!」
 その中には、
『昨日はありがとね。美味しくないかもしんないけど手作りだよ。アンタのために作ってやった
んだからまずくても食いなよ!! しいな』
なんて書いたカードがあった。
 アンタのため、ということはほかのみんなのは買ったものなんだろう。あの意地っ張りで無器
用すぎる彼女が、自分のためだけに作ったのだ。
 彼は誰もいない部屋で真っ赤になり、
「これじゃ応援どころか、あきらめきれねーじゃねえかよ…!!」
 可愛いだのそんなことを思いつつ、しばらく彼女の顔をろくに見れなかったとか。


















 バレンタイン記念でした。
 ゼロ→しい→ロイコレ。今見直してみたらただのバカップルでしかなかったです。
 あれ?