「…んっ、やめ…」
 頬の辺りを、濡れた舌が這う。その感覚に眩暈を起こした。暗いはずの室内なのに、目の前がチカチカと光る。

「やだ」
 抗議の声を上げられた人物―ルカは、人懐っこい笑みで微笑んだ。
 五時を告げるチャイム音が響いた。びくりと、抱きしめられている方―ルークの方の肩がびくりと跳ねる。それを見て、楽しそうにまたルカは笑う。そして、たまらないとでもいうように、一層強く抱きしめた。


 ここはまあ、チャイムが鳴るだけあって、学校だ。別館三階、一番奥の視聴覚室。視聴覚、という名の通り、機械類が様々置いてある。それらを保護するためと、視聴覚室の便宜上エアコンが効いていて、ずっと暗幕が引かれている。
 通常、ここは特別な講義や授業がない限り、使用頻度はとても低い。生徒が放課後立ち入っているなんて、少し前ならもってのほかだろう。(鍵は、職員室か事務室から借りなければならないのだ)
 それなのに、先に述べた、ルカとルークはここにいる。放課後、皆が部活動に精を出 ている時間帯だ。暗幕の向こうの空では、もう日が沈んできている。
 その上、いるだけならまだしも、二人はこう、風紀上よろしくない行動をしている。しかも同性で、だ。一本あたり、映画が出来そうなシチュエーションである。



「…誰か来たら、どうすんだよっ!」
「別に今までバレたことねーじゃん。それに、」
 眉をつり上げたルークが、囁き声で再び抗議する。それでも、ルカの方は何処吹く風だ。ルークの長い、ルカと同じ朱色の髪を弄んでいる。そのまま首筋に顔を埋めた。
「…ひっ!!」
 吐息が首筋に触れる感覚に、鳥肌が立ったのであろう。ルークが高く、ひしゃげた声を上げた。それにまた、ルカが笑う。そのまま、耳元へと唇を運んだ。


「部員なんて俺らだけだし、先生なんて来るわけねーよ」
「何で、そんなの、言えんだよ…!」
「んー…俺がここ、幽霊出るって噂流したから、かな」
「…このバカヤロ!」
 ルカには、申し訳なさそうな様子は見られない。それどころか、どこか褒めて欲しそうな様子だ。それに一層頬を染めて、ルークはやはり小さく叫んだ。


 はっきり言ってしまおう。ルカとルークは、恋仲だ。(多少、一方的ではあるが)でなければ放課後、こんな場所でこんなスキンシップにしては過剰すぎることは、していない。
 そして彼らが、普段なら生徒が立ち入られない此処にいられる理由。それは、単に二人の所属する部活の部室が、此処だからだ。
 所属する部は、演劇部。とうの昔に、この学校では絶滅した部活だ。が、この二人が昨年入学してから復活した。部員はルカが言ったとおり、ルークとルカの二人のみ。顧問は校内でも、曲者と評判の教師だ。正直に言って、授業は真面目にこなすが、やる気があるわけでもない。授業がそうであればまして、部活にはそんなもの、あるはずがない。彼がこの部室に来るなんて、一応定例で半年に一回ある、部集会の時のみだ。それ以外に自ら来た事なんて今まで一度もない。そして多分これからも、無い。

 というわけで、ここは専ら二人の逢い引きというか、べたべたいちゃいちゃするための部屋になっていた。他人が聞いたら卒倒するか怒号を飛ばすかのどちらかだろう。当たり前だ。

「なあ、さっきの台詞、もう一回やってみようぜ」
 けれど、そんなことはどうでもいいルカは、耳元で囁く。吐息が直接聴覚に触れる感覚にまた、ルークの全身が震えた。寒気なのか何なのか、判断が付かない。眼球の奥がじんわり痛んだ。

「…ん、だっつーの、」
「ほら、練習しなくちゃ、だろ?」
 ルカは再び耳元で囁いた。その後、赤く染まった耳朶に、わざとらしく音を立てて口づけた。長机に凭れていた、ルークの体からかくんと力が抜ける。それをルカが慣れた手つきで支える。

「……、…」
 ふるふる、ルークの唇が震える。吐き出されたその台詞は、先刻まで二人が目を通していた台本の台詞だ。ほとんど吐息になってしまっているそれを聞いて、ルカはするすると言葉を紡ぐ。
「俺は貴方の為でしたら、どんなことでも厭いません…。気障ったらしい台詞だよな」
「…それを、そんな風に平然といえるお前がありえねぇ…」

 羞恥から、顔を真っ赤にしたルークが恨めしそうな視線でルカを睨んだ。目の端には涙がにじんでいて、翡翠が揺れている。ぎゅっと結んだ唇はまだ震えていて、泣き出す寸前にそれを我慢した子供のようだ。それにルカは目をパチクリと瞬かせた後、唇を三日月型に歪めた。
「本当、可愛いよな、お前は」
「…うるせえよ、馬鹿!」
 さっきまでの様子は何処へやら、妖しさを全く感じさせない様子でルカは微笑み、ま で子供をあやすようにぎゅっとルークを抱きしめる。それに、同じようにさっきの弱々しい様子をどこかへ投げやったルークが噛みつく。形の良い眉を思い切り顰めた。

「そういうとこが可愛い」
 一層目を細めて、ルカはルークに顔を近づけた。額をそっとぶつける。ルークの長い睫毛が、同じく長いルカの睫毛に僅かに触れた。そうすればルークは不思議そうな様子で瞬きをして、ぱちりと音がした。
「…すきなんだ」
 小さく音を立てて、ルカは形の良い鼻に口づける。ほとんど親愛の情を表すような、子供じみた(けれどどこか母親や父親のような)ものだったのに、それだけでルークの顔は真っ赤になった。初恋を覚えたての生娘のような反応だ。触れあう額がひどく熱い。
「…ばかやろ」
 それにまた、ルカはくつくつ笑った。きっとルーク以外は、ルカがこんな風によく笑う人物だなんて事、一寸足りも知らないだろう。






 荒く、そのくせか細い呼吸が下から響く。ルカは、組み敷いた肢体を見た。ひゅうひゅうという、風邪をひいたかのような呼吸。それと同じリズムで、薄っぺらい胸板が上下した。薄紅色に染まった肢体と、その上を滑る汗の玉、はだけたシャツ。そのどれもが官能的で、ルカは無意識に息を呑んだ。肢体が、暗幕の隙間から差し込む朱で、また染め上がる。
 こんな風にするのは、もう何度目だろうか。

 はじめてを、ルカはよく覚えている。やはり同じ、視聴覚室。長机の上、ルカの体の下、ルークはひたすらに泣いていた。苦しかったのか、生理的なものだったのか、それはルカには分からなかった。そして、嗚咽の合間合間に、必死になってルカの名前を呼んでいた。命を紡ぐ呼吸だってままならなかったのに。顔をぐしゃぐしゃにして、荒い呼吸をして、ぼろぼろと涙を零していた。

「や、め…」
 そんな、非道く高い声に呼ばれて、ルカは意識を戻した。ルカが今まで思い出した光景と、ちっとも変わらない様子のルークがそこにいる。相変わらず、よく泣く。

「悪ぃ」
 小さくルカは謝る。それを理解しているのかしていないのか、うつろな目のルークはその目でルカを見つめていた。



「らくにして、あげる」




 殺すことに、似ていると思う。

 ルカは人を殺した事なんて無いけれど(この先も多分、無いだろう)、何故かぼんやりそう思った。奪って、奪って、奪って。その先に、解放する。

 そうしてまた、繰り返す。


(だめだ、)

 暗幕の向こうを仰ぐ。差し込む夕焼けは、もう少しで消えるだろう。

(なきそう、)


 聞こえるルークの寝息が、ひどく遠い。

(すきで、すきで、でも、ふたりだけじゃないから、)

 また、奪うんだ。幸せでいて欲しいのに。


 寂しくて、ルカは泣く変わりにキスを落とした。



 おれはまた、きみをころすよ。





   リクエストありがとうございました!
 はじめて微ではありますが、大人ものを書きました。
 ヤンデレ、甘々、ヤンデレ、甘々…とぶつぶつディスプレイの前で唱えていた結果、こうなりました。(怖いよお前…!)
 当サイトでは、ここまで進んだのはルクルクが初めてな気がします。初体験故、ドキドキしながら、自らの羞恥心を戦いながら書かせて頂きました。
 普段は病みすぎてどうしようもない(お前がそれを言うか)短髪が報われていて、個人的に楽しかったです。…あれ、報われてない? あれ、なんで?
 もう一つのパターンも是非書かせて頂こうと思っています。

 普段自分では書けないようなお話を書かせて頂いて、とっても楽しかった及びお勉強になりました!!
 素敵なリクエストありがとうございました!!
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 遅くなり申し訳ございません、及び本当にありがとうございました!!